幕間劇「夜」



日を跨ぐまでは大人しく待っていた。
姉弟に電話をして現状の説明をしたり、部屋にあった雑誌を読んでみたり、足りない日用雑貨を探してみたり。しばらくテレビを眺めていたがすぐに飽きてやることが無くなった。帰ってこない所を見ると、仕事の後そのまま飲みにでも行ったのだろう。
シャワーを浴びてから出して貰った服に着替え、余った袖を一折してから枕代わりのクッションを据えた。特に用事があるわけでも無かったのだが、家主より先に色々済ませるのは気が引けたのだ。
電気を消してから毛布に包まりソファに横になり、眼鏡はテーブルに置く。
おやすみなさい。
誰にでもなく声を発してから毛布を頭まで被れば、意識はそのまますとんと落ちていった。


バタンと扉の閉まる音がする。帰ってきたのだろう、と少しだけ浮上した意識はまた直ぐに沈めた。覚束ない足音が通り過ぎるかと思ったら、真横で止まる。
お帰りなさいと口を開けば、おうおうと帽子も取らずにのし掛かってきた。
毛布ごと抱き込まれれば身動きが取れなくなる。

「うわっ酒くさい!ちょっと、酔ってるんですか、酔ってますよね!もう!ベッド行ってくださいよ!」

ぐいぐいと胸元を押しやってもぐったりと体重を預けてきて暑い。そして重い。
べたべたと寄ってくるのは結構飲んでいる証拠だ。
自分も酔っていれば似たような行動を取るらしいが、そういうのは二日酔いに紛れてはっきりは覚えていなかった。

「あン?いいじゃねえか俺らの仲だろォ」
「もうただの知り合いだってあんたが言ったんだろ!重いんですって!」
「かたいこというなよひなァ」
「ああもう……うぜぇ……」

頬擦りしてくんじゃねえよと軽い頭突きをすればぱさりと帽子が落ちた。堪える様子は無くニヤニヤとホールドされ、これはからかわれているとため息を吐く。
服が皺になりますよと力を抜いたらどうやらこのまま寝るらしい。
少し動いてどうにか二人でソファに横になれば、だいぶ顔が近かった。本心が読みにくい真っ黒な瞳は濁っていて、虚ろに近い。
明日二日酔いに苦しんでしまえと心の中で毒づいてから目を閉じれば、ぼそぼそと声が届いた。

「なァどうだった、家。なんか残ってたか」
「入れなかったのは言いましたっけ。えっと、多分箪笥が半分くらいのこってました。眼鏡のスペアでもあればいいんですけど」

お前どんだけ眼鏡大切なんだよォと笑われるが、無ければ自力で運転も出来ないのだ。知っているくせに。まだ入りたての頃、大丈夫お前ならできると眼鏡が無いままバイクに乗せられ腕を折った事をまだ忘れてはいない。利き腕だった事もあって散々こき使ったが、その後もしばらくそれをネタにたかったりしていた。
あの頃から物理的に距離が近くなったような。それは進行形で続いている。

「おーよしよし、つらかったなぁ。お前に人なんて殺せるわけねえんだよ。そうだろ」
「…………」
「いつもみたいに巻き込まれただけだ、なぁ」
「……はい」
「そうやって溜め込むのは悪い癖だ」

はあやれやれと言わんばかりにわざとらしく肩をすくめ、いい加減先輩離れしろよなァと笑う。ちくしょう、おっさんのくせに。
ぐっ、と我慢しても頬に何か伝った。肩口に顔を押し当てると、相手が違うんじゃねえのと更に笑われる。

「お前彼氏いるんだろ。相談してやれよ」
「え、いませんけど」
「んん?出来たから料理の手習い始めたンじゃねぇの」

そういう感じだと思ってたんだけど。
間延びした声は随分眠たそうだ。ゆっくりぬるくなっていく体温に寝るのかと、離してくださいと繰り返すともう動くのが面倒くさいと一蹴された。
寝たら蹴り落とそう。

「料理くらいできないと、って言われただけで」
「ヘェ、そう、……まぁもう寝ようぜ、ほら」
「きゃっ!ちょっと!」

あんたどこまさぐってんだ!と抗議を上げるがもう瞼は落ちていた。
身を起こすと力の抜けた腕が腹付近を緩く抱きしめてくる。毛布かけるだけですよ、と自分だけ被っていたのを分けて、もう一度収まったら案外心地よかった。

「ほれ寝ろ」
「分かりました!もう……」
「何か言ったか」
「いいんですよ、忘れてください」

千切りたい位には長い睫が規則的に揺れる。そっと唇を寄せると酒と煙草の匂いがした。
ムードもへったくれも無いが、私たちにはこれくらいが丁度いいのだろう。

こんな時に少しくらい甘えたって罰は当たらないはずだ。


prev next

bkm
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -