贈り物の話



タンクトップに大きめのTシャツ、下はサルエルで、二歩のためだけにパンプスも履いた。約束の時間に呼び鈴を鳴らしてから、お前その格好でどっか行くのかよと部屋着の自分を不躾に上から下まで眺める先輩に、遠慮なんてひとっかけらもない。どうぞと半身をズラすと露骨に嫌な顔をした。
この人変わってないなあと眼鏡を押し上げれば、わざわざ来てやったのにとぼやきながら頭をかき、禁煙ですがどうぞと促せば黙ってついてくる。
とたとたと二人分の足音、短い廊下のつきあたりにあるのは狭いリビングと挟んで一人用の小さな台所。
飯は、と明らかにトーンダウンした声に、あれですと指したのは電話する前から置きっぱなしになったままの材料がいくつか。
それで。
端的な問いに、教えてもらえますか、と。
ああウン、そういう奴だったなお前は。別に期待しちゃいなかったけどよォ。
完全に消沈した先輩は深くため息を吐いた。


‐‐‐‐‐


ダン。
半分に切った玉ねぎがまな板の上を転がって、ごろりとシンクへ落ちた。音を聞きつけて立ち上がったらしい先輩がお前な、と腕をまくり始める。
出しておいたエプロンは少し小さいらしく、それでなくても似合わないその姿に笑いそうになるが目をそらしてこらえた。こちらは教えを請う立場である。あまり機嫌を損ねるわけにもいかない。

最初は一人で作れ、程度を見る。
面倒くさそうにそう言い放ってからバイク雑誌をめくっていたというのに、終始そわそわと落ち着き無くこちらを伺っていた。そしてとうとう見かねられた、らしい。まだ最初の野菜を洗って半分にしただけだというのに。

お前ほんと刃物危なっかしいわ、こうやるんだよ見とけ。

タンタンタン、と明らかに慣れた手つきと軽い音。綺麗なくし切りが出来上がるのを横目で見つつほかの野菜も差し出すと、皮くらい剥いとけ、と押し返された。ピーラーでじゃがいもと人参を剥き、メニュー何、と今更聞かれる。肉じゃがです、それ俺に作ろうとしてたの、やり取りしながら手も動かして、胃袋を掴むなら習得した方がいいって聞きましたよ、と返したところで反応が無くなった。

鍋に入れるのも順番があンだよ、と最初に肉に火を通し、切ったじゃがいもと人参、玉ねぎも加えて炒める。やはり眺めていたら水、と指示が来たから冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して渡した。
あとはアク取って、調味料入れて、煮詰めたらインゲン入れろ。
鍋をかき回していたお玉を受け取って、あとはやれよ、とエプロンも押し付けられた。

「米は」
「そういえば炊いてないです」
「……もう帰っていい?」


‐‐‐‐‐


ギリギリで間に合った真っ白な米と、見てくれは美味しそうな肉じゃが、もう一つ教えて貰った味噌汁を並べて、一般的な夕食が出来上がった。まあこれが出てきたら嬉しいんじゃねェの、切ったの俺だけど、とまずは肉じゃがを一口。
味付けは全部やったので、見た目は先輩、味は私の料理である。
但し用意したのは先輩に目の前に一膳だけだった。

「どうですか」
「……ウン」
「うんじゃなくて感想を」

微妙な表情で固まった先輩をせっつくと、首をひねりながら言葉を探していた。手元には作り方のメモがあり、次作るときの参考にするため何がどう駄目だったのかを書いておく必要があった。
分かりやすく視線をさ迷わせながら口を開く。

「なんとも」
「美味しいとか不味いとかあるでしょう」
「美味くはない。が、食えないレベルでもない。マジ何とも言えね」

残すほどでもないがおかわりはしたくない。分かるか。真顔で言われてもあまりピンと来ない。

「はあ」
「微妙な仕上がりが一番困るんだぞォ、コメントするの。味見してねェだろ」

二口目を食べてまた微妙な表情を浮かべ、それでも箸が止まることはないようだった。ご飯おかわりしますか、と聞くと、いいからお前も食ったら、と返ってくる。ほれと渡された箸を受け取り、倣って一口含むと、肉じゃがではあるが何かが足りないような、少し薄いような、そんな味がした。

「……んん? 分量はちゃんとはかりましたよ」
「あっそ。みりん入れたか? 誕生日になんでこんな微妙なモン食わねえといけねーんだよォ」
「みりん、て、あれ、今日でしたっけ」

箸を返しながら、言われてみれば入れ忘れていたかもしれない、のと。いや今思い出しただけだ、と食べ続ける本人は特に気にしてもいない。カレンダーは六月二十五日、いつぞや祝ったのも確かに夏の少し前だった気はする。
どうして用意したのかとか、なんで知っていたのかまでは覚えていないが、確かに入ったばかりの頃安い時計を贈ったはずだった。目の前の男はわざわざ、と笑っていた。

「あーあー、昔は可愛かったのになァ? ほら、時計持ってきたじゃねえかあん時は」

さっさと肉じゃがを食べてしまった先輩は懐かしそうに目を細めた。当時を引き合いに出すときは大抵昔は可愛かった、から始まるが、言われるほどついて回った自覚も無い。
それでも特高で彼の下にいた頃を知っている人々から言われるのは犬のようだったと。

「いつの話ですかいつの、急に言われても何も出ませんよ。完全に忘れてましたし。そうですね、次までに何か用意します」
「エッ、別にいいぜそういうの」

お前の料理は何かが惜しいんだろうな、と立ち上がりもう一度台所に戻るのへついて行く。味を見ながら少しみりんを足して、それぞれの味を覚えてちょっとずつ調整するんだよ、と塩を足したり砂糖を足したり。

「何とも言えないもの食べさせてますからね、お礼も兼ねて。特にないならネクタイでも買ってきます」
「嫌味な奴め」

こんなもんだろ、と渡されたお玉で味見してみると、しっかりした味の肉じゃがが出来上がっていた。成程こうやって完成させるのか。

「アンタが言ったんでしょう。くっ……美味しいです……」

全体的に負けた気がするが、昔からこういうのはそつなくこなす男だった。要領がいいのだ。
他になんか聞きたいことあんの、と問われたところで懐中電話が鳴り響く。あ、どうぞ、と促したのに物珍しさで眺めているシッと手で払われる。

「もしもし、……あァ、行くわ。じゃあ」

呼び出し食らったからもう行くぞ。用事は済んだだろとばかりに慌ただしく玄関へ向かう辺り、飲みにか女の子から呼ばれたのだろう。もしくは両方か。
ええとじゃあ次はどうします。
置きっぱなしだったキーを渡しながら、じゃあまた、ではなくまた来週。

再会の約束なんて初めてしたかもしれない、と思いながら、遠ざかっていくエンジン音を聞いた。


prev next

bkm
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -