二人との邂逅


紙袋を抱え込んだまま、駅構内をうろうろしている少女を見つけた。道にでも迷ったのかと手を上げ、目が合った所で声を掛けようとして。
彼女は私を指して「後夜ひつかだ」と叫んだ。


* * *


「んで?」
「まあ聞け」

髪を半分ほど撫でつけ、緑の制服に身を包むのは同僚である雷神宮円。そして私の名は先ほど彼女が呼んだ後夜ひつかである。
興奮した彼女をどうにか休憩室へ連れ込み、机を挟んで向かい合わせで座らせた。
口ぶりが東京人だったためとにかく黙らせ、簡単に事情を説明してやると、メタ子と名乗った彼女は紙袋と通学用らしき鞄を差し出した。この中にあるもので、人前で出したら危ないものを教えてほしいと。
断りを入れてから中身を確認する。
彼女が持っていた紙袋の方に入っていた数冊の本、雑誌ほどの大きさでとても薄いそれには、私ともう一人、今呼んだ男が描いてあったのだった。

携帯や教科書は元より、ウォークマンの類も危ないからと鞄の中身は改めた。所持しているのは構わないがこちらの人間にはばれない様に。身分も明かすなと。
問題はこの"薄い本"である。一見すると東京の漫画だが、表紙が明らかに自分と同僚で、しかも抱き合っているため中身を確認できずに居た。

「要するに、道連れにするため呼んだんやろ」
「まあそういうことだ」

彼は備え付けになっている連絡用の電話で呼んだのだが、名前を出した瞬間にメタ子の目の色が変わった、気がした。今も舐めるように上から下まで見られている。
ここまで不躾な東京人は初めてだ。

「一応聞いておこうか。この本は何だ」
「え、と、同人誌です」
「同人誌?」
「まどひつ本です」
「……まど、ひつ?私とコレのことか」
「コレ言うなや」

ええそうです、と言動だけは控えめに、メタ子はじっとりと円を見つめている。獲物を狙う狼のようなそれのせいで、お互いとても居心地が悪い。困ったように眉を下げたまま、さっさと確認しよか、と円が一番上の本を手に取った。


* * *


帽子を深くかぶり直してため息を飲み込んだ。
五冊あるうちの二冊がそうだったのだが、本の中の円が延々と本の中のひつかを口説いていたのだ。それも見るに耐えない表情で。両方共三分の一も読めずに閉じ、眼前に並べて置いてある。目の前の彼女は露骨にニヤニヤしていた。

「……あまり、聞きたくは無いんだが、……これは」
「まどひつ本です」
「それは聞いた。どうしてあっちにこんな本が存在するんだ。そもそもメタ子と言ったな、お前はなぜ私の名前を知っている」
「簡単に説明すると、あの、貴方たちは本の中の世界の人なんです」
「はぁ? どういう……」
「最近はアニメ化もして、書籍もたくさん出てるし、原作はweb媒体なんですけど!私原作から追ってて!!」
「え、あ、ああ……?」

勢いに気圧されながら少しずつ話を聞いていく。目が輝き始めたメタ子は一気にまくし立て始めた。
色々な媒体で発表されるそれらの登場人物の中に私や円が居て、大まかにストーリーがある。この本は二次創作と言って、公式から発表されたものではないがこういうのが好きなファンが一定層いるのだと。

「その中で生い立ちや前世に触れている、と?」
「大まかに説明すればそうです!」
「本やテレビの話なぁ、現実味がなさすぎるんちゃう。どう思うひつか」
「それはそうだが、おいメタ子……」

一瞬だった。
少女から、同時に目を離しただけである。向かい合った椅子はそのままに、メタ子は忽然と姿を消した。

「なっ、おい!」

バン、と机に手を叩きつけ立ち上がる。休憩室の扉は閉まっていて、その場から走って逃げたような形跡はなかった。
さわさわと遠くで声がするのはここが駅の構内にあるため。行き交う人々が居なくなる事はまず無い、のだが。

「消えた」
「……何かに化かされた、んか?」
「しかしな」

どう説明を付けるんだこれは。
目前にはなぜか残された数冊の薄い本。正直置いたままにするのも捨てるのも持って帰るような真似もしたくない。

「……どうせ消えるなら全部持って行ってくれ」


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bkm
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