焼きそばと思い出ばなし



口一杯に林檎飴を頬張る後輩と、そこそこ高い割にもっさりしている焼きそばを咀嚼しながら僅かな夏祭りを満喫する。白バイの影、沿道から見えないように座り二人でこそこそと夕食をとっていた。
小さな神社の伝統ある夏祭りに脅迫状らしきものが届いたのは三日も前で、数人がこうして入り口付近で待機している。交代で見回りと称し出店がある境内へ行ったり、何かが起こる気配はない。
もっさりした麺の塊を食べ終わる頃、二本握っていたはずの林檎飴は既に一本半ほど彼女の胃に収まっていた。

「直純さん」
「ふぁい」

黙々と飴部分を削っていた後輩の唇は随分と赤く染まっている。

「私に買ってきてくれたんじゃなかったんですか。少し下さい」
「日奈子サンそんなに甘いの食べないじゃないですかあ……どうぞ」

更にもう三分の一は減っていた林檎を受け取り、端の方を少し齧ると少し甘い。二口三口貰ってから返すと、やっぱり食べないんじゃないですかあと後輩はまた飴を剥がし始めた。
沿道を行く人々の喧騒と、からころと下駄の音が響く。

直純さん浴衣は着ないんですか。夏が始まったばかりでまだ日が落ちるのも早いこの時期、これから先色々な行事がある。そういえばもうすぐ花火大会もありますよね。日奈子サンは着ないんですかあ。着ませんね。
同僚から差し入れてもらった麦茶をすすりながら他愛のない会話を繰り返す。
浴衣は持ってますよ、先輩に頂いたんですが祭りの日って大抵出勤ですから一回しか着てないんですけど。立ち上がって白バイに寄りかかり、道行く色たちを見ているだけでも楽しい。ネクタイを締めなおし首を伝う汗を拭った。
ついでにと隣に立った直純の口も、こちらはハンカチで拭ってやって、暑いですねえと制帽で扇いだ。

「その浴衣ってどんなのです?」
「ええと、淡い水色です。あの三人、少年の、ほら真ん中の彼の。あんな色でしたね」
「もっとピンクとか着ましょうよお」
「貰い物でしたから」

でも帯は桃白でしたよ。写真とかないんですかあ。無いです。そういえば着ていった日にも林檎飴貰いました、少しだけ食べて返しちゃいましたけど。
もう何年も前になるのに鮮明に覚えているのは、以来一度もきていないからだろう。
押し付けられた真顔で直立不動の写真が浴衣とともに押し入れに眠っていたりするが、存在を教える気もない。一人で来るわけ無いですよねえ。間延びした声は続く。

「ええ。先輩と。動きにくくてフラフラしてましたし、随分迷惑をかけたと思います。浴衣も押し付けられて着ましたしね、あまりいい思い出ではありませんが」
「そうなんですかあ」
「でも、……まあ、楽しかったですよ」

浴衣と共にしまい込もうとした髪飾りだけは壊れやすいからと箪笥の上に置いたままになっているが、それにもこの楽しかった、にも深い意味はなかった。


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