言い訳に失敗したはなし



淡い水色の浴衣と桃白の矢羽絣の帯、ちりめん花緒の下駄まで揃って眼前に鎮座している。机の上に広げられた紙は真新しい。
外回りから帰ってきて早々、汗だくの制服を着替える暇もないまま同じような問答を繰り返していた。この可愛らしい浴衣を引き取ってくれないか、と課の先輩に詰め寄られている。
部屋には浴衣を挟んで満面の笑みを浮かべた件の先輩と、もっと向こうには同じく帰ってきたが全く興味を示していないもう一人が居るだけで、暑いというのに冷や汗をかいていた。
これでは逃げることができない。

「親戚から回ってきたんだけど私にはこの柄は若すぎてね、日奈子さん丁度いいくらいでしょう? 身長もあるし。他の子には長すぎてね」
「はあ、あの…でも私、祭りとか行きませんし…」

しどろもどろにそう答えると、先輩はあら、と大仰に驚いた。報告書を仕上げないと帰れないのに、分針はそろそろ三分の一くらい進んでいて、抱えたままだったメットが随分とぬるく感じる。
一緒に帰ってきたのはもう帰り支度をはじめていた。ああもう終わったのか、とため息を一つ。こちらの話はまだ続くようである。

「お祭りなら明日あるじゃない」
「そうでしたっけ」
「交通整理が入ってるはずよ。日奈子さんはお休みだったかしら」
「あ、はい」
「丁度いいわねえ」

ね、とさらに念を押され口の端が引きつったのが分かった。いやでもあの、と意味もない言葉ばかりが漏れる。

「お疲れぇ」
「あっちょ、先輩」
「んだよ俺は終わったの。お前報告書まだだろ」
「それはいいんです、これあの」

微塵も興味を示さなかったもう一人、一緒に外回りを担当していた単眼の先輩は見捨てて帰る気だったらしい。露骨に嫌そうな素振りを見せられても、他に人が居ればそちらに援護を頼むのだが。

「私には似合いませんよね、これ」
「あー…どうだろうな。それくらい着てみゃいいだろ」
「ほら!ね!」
「いえほらって言われましても。生返事しないでくださいよ」

そうだわ!と瞳を輝かせる先輩と、早く帰りたいもう一人の先輩と、開放されたい私と。温度差が酷い。

「二人で行ってくれば良いのよ」

へ、と同時に声を上げ、そのあと続いた言葉に思わず脱力するしかなかった。

「可愛い後輩の写真を送るって言っちゃったの。二人で撮ってきてね?」


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bkm
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