貴方様どちら様
(青字は空さんの呟きの転載)





先輩ですか。小さな声を聞いたのは久々だった。
ベッドの上には居るものの、入院着から覗く手足や、顔色も悪くはなさそうなのに。事故ったって聞いて笑いに来たんだよ。そうですね。
そっぽを向いて目を合わせようともしない。
頭を打ったんです。視界が消えていくんです。私にはもう半分も見えません。

色んな人が、私の中からも消えていくんです。震える声はもっと小さくなっていく。
このまますべて消える頃に私は死んでしまうそうです。まだ見えるうちに会えて良かった、お別れを、私は今いくつなんですかせんぱい。
ベッドの脇には小さな紙がいくつも貼ってあり、彼女はそれをひたすらに見つめていた。

もう先輩の名前も思い出せないんです。分かるのに分からないんです。どれですか。紙にはたくさんの日付と人の名前が、忘れる前に書いたのであろう几帳面な文字が並んでいる。
朝起きて、今日を確認して、名前を、…見ても。徐々に嗚咽が混じり、肩が震えた。分からないんです。分からないんです、顔が。このまま先輩の顔を見ないでいたら、もう、忘れずに済むのかもしれないですね。


「なんですか、ここ。じょりじょりしてます」
「髭」
「髭生えてるんですか? なんだか不清潔っぽいんですね伊佐貫さんて」
「うるせぇよ馬鹿」
「…………あの、そんな事より、まつげの列が一つしかないのですが…」
「そりゃ一つ目だからな」
「…………エッ」

「?? そ、そういえばあの、鼻、鼻もないです。口からどんどん上にいったら、睫毛が、」
「うん。俺人間じゃないから」
「…………伊佐貫さんは、人間じゃないんですか。なんなんですか」
(この台詞聞くのも、54回目)

「そうですか。伊佐貫さんは妖怪なんですか。私イマイチ妖怪ってどんなのか分からないんですよね。会ってた時の事、覚えてないので」
「…………」
「伊佐貫さんて、会社の上司なんですよね。私、今朝起きたんですけど、いつも来てくれてたんですか?」
「……いや…今日が初めてだ」

「起きたって聞いたんでな、様子見に来た。最初の面会が妖怪のおっさんで悪かったな」
「いえ、楽しいんで、大丈夫です。私、職場でどんな人だったんですか?」
「じゃじゃ馬OL。お茶汲み下手っぴだった」
「えっ、ほんとですか…」
「ウン。」

伊佐貫さんて言葉が今でもなれない。先輩がいい。もうずっとそう呼ばれてない。

お茶汲みが下手と言ったらだいぶ反論してきたので、うっかりお前は料理も下手だったと言いそうになってしまった。前にこれを言ったら自分との関係を言及されて大変面倒な事になったのであれ以来言わないようにしていた。危ない。



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