抱擁薬


不意に高い声が輪唱する。
眼前の、どこの街角にも一つくらいは設置してあるテレビの彩度が一気に上がった。思わず身を乗り出す。と、緊急ニュースらしきテロップが流れ、耳元で困惑した声が聞こえたがそれは無視。
何かが起こったらしい。ジリジリと無視してテレビの方へ押しやれば、ぐちゃぐちゃとした雑踏からようやくキャスターの声を拾えた。こちらに要注意ですネ。画面には先程貰った缶が映し出されている。
ああこれか。ため息を吐く。どうやら毒の類では無いらしい。放っておけばそのうち効果も無くなると。成程。
一人でふむふむと唸っていると、ぐるりと視界が動いた。

「おい日奈子自分だけ見てんなよ」
「煩いですよ誰のせいでこんな、あ」
「あ?」

とっくに通常放送へと戻ったテレビを眺める単眼の向こう。長身二人が抱き合っている異様な光景を遠巻きにする複数人の先に、特高の制服を羽織る後輩が佇んでいた。
目が合う。口を手で覆い、数歩下がる。

「直純さ、」

彼女がふるふると首を動かすと、綺麗な金糸が僅かに散ってきらめいた。大げさに口を開き、さ、き、に、かえりますねえ、と。
待って、と手を伸ばしても走るどころか歩くことすらままならず、小さくなっていく背は直ぐに雑踏に消えた。
待ちさない、待ってくださいの声は届かずに、代わりに不快なさざめきが耳に入る。
ホモの痴情のもつれ。彼女にバレたのね。
あちらとは同性で抱きついているのは異性であるが、そうとしか見えないのも自覚している。
そして自分がさも屑であるかのような声が複数。
私より単眼の方がよっぽどだと喚き散らしたいのを抑えてため息をもう一つ吐いた。

「居たのか」
「……もういいですどこか…移動しましょう、目立ちますし」

さわさわと増えてきた少女たちは好奇の目をしている。雑踏へ消えた後輩と同じ色をしている。


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bkm
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