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「…うぅ、…」

その日の体調は最悪だった。しばらく野宿が続いたある朝、目覚めとともに酷い頭痛がしたの。
だけど黙ってた。そんなこと誰かに知られたら、きっとどこかの町の病院に預けられて、この旅に付いていけなくなるって思ったから。
でも具合はどんどん悪くなって。

「おい、コイツ顔色悪いぞ」
「なんじゃ、腹でも壊したのか?」

移動中の車内で、あっさり承太郎にばれた。
隠す必要がなくなった、と思ったら、途端に体中から力が吸い取られていくようで。

「…き、気持ちわるい…」
「オイオイまじかよ、いったん車停めるかぁ?」
「それがいい。ポルナレフ、いったん進路を変えよう」
「あいよ」

ああ、もうお終いだわ。そう思ったとき、不意に肩を抱かれた。
"ジョウタロウだ"、あたしは目の前のセイフクとかいう上着に必死でしがみついた。ぎゅっとつむっていた瞼に力をこめて、込み上げる不快感をやり過ごす。
…けれど結局、あたしはそれに敗北したのだった。




「───ほれ、水じゃ。平気か?」
「…、」

ジョースターさんから水筒を受け取り、あたしは頷くことで返事をした。相変わらず頭痛はするけれど、出し切ってしまったことで身体はかなり楽になっていた。
だけど、さすがに落ち込んで顔を上げられない。

「…ごめんなさい」
「ん?」
「…汚しちゃって。…車も、…服も。」

旅の邪魔になるつもりはなかったのに。
そう言うと、ジョースターさんはニッと微笑んであたしの髪をぐしゃぐしゃとかき回した。

「そんな顔せんでいい」
「…」
「彼もまったく気にしてなどおらんかったが、詫びではなく礼を本人に言ってやるといいじゃろう」
「…うん…、…、え?」

彼?
そう聞き返すと、ジョースターさんは河の下流の方向に目を向けた。

「…うそ、」

そこにはジョウタロウと、上着を手にした、真っ白なカッターシャツ姿のカキョウインさんがいた。
ジョウタロウはカキョウインさんから上着を受け取ると、ざぶざぶとそれを河で洗い始め、
カキョウインさんはハンカチか何かを同じように濡らすと、それでズボンを拭い始めた。


そうすると、つまり、あたしがしがみ付いていたのは…いいえ、それよりも。

あたしを、あたしの肩を優しく抱き寄せて、抱き締めてくれたのは。







実際のところ、なんでカキョウインさんのことが嫌いなのか、あたし自身理由がわからずにいた。
大好きなジョウタロウと仲が良いから?
…ううん、そうじゃない。だって、あのふたりの関係は仲が良いというには、どこか奇妙な感じだ。
旅が始まってから知り合ったのかしら?なんていうか多分、もともと友達とかじゃあないんだわ。時々おしゃべりはしているけれど、ただそれだけ。
だけど、仲が悪いわけでもない。互いを嫌っているわけでも、きっとない。





それはなんてことのない穏やかな朝食の時間、不意にあたしは気づいた。

小さなカフェだけど、まずまずの味にみんな気分良く食後のコーヒーを待っていた。ジョウタロウはタバコを吸ってくる、と席を立った。
せっかく甘いオレンジジャムが口のなかいっぱいに広がっているのに、コーヒーやタバコで消しちゃうなんて勿体ないわ。あたしがそういうと、みんなが笑った。
あたし変なこと言ったかしら。そう思ってチラリとジョウタロウを見れば、ちょうど背中を向けられてしまって表情は判らなかった。
そのときだった。
なんとなく、隣のカキョウインさんを見上げた、あたしは。

息をのんだ。

カキョウインさんが、ジョウタロウを見ていたから。ジョウタロウの背中を、ずっと見ていたから。

(なに、…なんなの、…)

あたしは無性にイライラした。そしてきっと自分はこの目が、嫌いなんだと気づいた。



なんて目をするんだろう。






「…命の恩人、なんだ。…いろいろあってね」


言外に、これ以上は訊くなと言われた気がした。






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