誰にも渡したくなかったからで
「ユウくん、好きって言ってくれるのは嬉しいで。でもな、きっとそれは、違うと思うねん。ユウくんの気持ちは恋じゃないと思うんよ...たぶん、その"好き"は___」
少し強い風が俺の髪を乱す。あぁ、もうぐちゃぐちゃやん。....どうせなら、俺のこのぐちゃぐちゃな思考回路までめちゃくちゃにして壊して言ってくれたらええんに。
眩し過ぎる七月の太陽がむかつく。光が強すぎるから、まっすぐみられへん。暖かくて優しいのに、近寄りすぎたら容赦なく全てを焼く。
授業中の屋上はめっちゃ静かや。...たまにオサムちゃんの無駄にでかい笑い声が聞こえてくる。
あ-...授業サボってんの白石にばれたら説教やろうなぁ...みつかるならこいがいいわこいが。上手く言いくるめれるし。
とか思ってたら絶対白石にみつかるんやろうけど。まぁ、しゃーないわ。
英語の授業とかもとからやってられんのに、昨日のこはるの言葉が頭から離れへんのもあって授業どころやないんや。
英語なんかサボタ−ジュしたなるやん、おもんないし。
「....こはる-、すきやで-」
特に意味もなく吐きだした言葉は、震えてて妙に間延びしていた。
あぁ、やっぱきついな。....きつい。小春は、笑ってた。困ったような笑顔。
俺の好きは、好きやないっていって笑った。ひどく優しく。
そんなことない、とか、俺は本間にこはるが好きなんや、とかそんな言葉は出てこうへんかった。
....俺は小春が、好きやのに....
ぼーっと眺めていた校舎の輪郭がゆらいだ。....仕事しろやれの涙腺。あぁ、もういやや、どうしたらええんかわからん。
なんで、こんな弱いねんやろ。涙がこぼれるんが嫌で、上を向いた。でも、それでも何度目のかの瞬きで目の内にたまったが零れ落ちそうになった瞬間
「にゃぁ」
気の抜けるような動物の鳴き声と、視界いっぱいに映り込んだ猫。
「っぅわ...っ」
「ふふ...こぎゃんとこで何やっとっと?」
そして、その猫を両手でだく、千歳の姿。
おどろいて数歩下がろうとしたが、生憎フェンスにもたれかかってた俺は派手にがしゃん、と音をたてて若干ずり落ちる。
そんな俺を見て、千歳は笑って猫から手をはなした。
たん、と軽快な音をたてて地面に降り立った猫はそのままドアの方へとかけていった。
微かに開いたドアの手前で一度こっちを振り返って、長い尻尾で一度、地面をたたいてから消えていった。
「.....さぼってんの、言ったらあかんで。」
「はは、俺も同じことしとるけん言ったら俺も怒られると。」
「....本間やな」
いつの間にか溢れかけてた涙はひっこんでた。
千歳は俺の言葉に一度かたをすくめてから、ぐるり、とあたりを見渡してからきなっせ、と手招きをした。
素直にあとをついていくと、千歳は屋上の入口のドアの横の梯子を上って、給水タンクの上へと登った。
一番下の段に足をかけた俺に、千歳はごく自然に手を差し伸べてくるから思わずその手をとるとぐい、と引き上げられた。
「ここの方が、風が気持ちよか。」
「本間やなぁ....」
ふと見下ろした先に、見慣れたテニスコートが見えた。
小春の、笑い声が聞こえたきが、した。
pipipipippi.....
また1人変な思考に入りかけた瞬間、鳴り響いた電子音。驚いて振り向くと、千歳がすまんばい、と言って電話をとった。
「あ、もしもしきっぺぇ?どげんしたと?」
千歳が電話に出た瞬間、心臓がどくり、と脈打った。
きっぺぇ、と言った千歳の声がいつもより甘い気がした。こんな、笑顔俺はしらへん。こんな幸せそうな、笑顔.........
そんなこと思ってるうちにどんどんどんどん熊本弁がきつくなっていって、全く何を言ってるかわからんくなってくる。
なんていうか、なんやろ....。遠い。
そう、千歳が、遠い。
昨日の悲しそうな笑顔といい、なんか俺のしらへん千歳ばっかりが見えて、本間に知らん人みたいで。
それが無性に怖くて、悲しくて。無意識のうちに延ばされた俺の手は、千歳のシャツをつかんでた。
「....っ」
千歳、と呼ぼうと口を開いたけど、それは言葉にならんくて息がつまった。
少しうつむき気味に喋っていた千歳のまっ黒な瞳が不思議そうに俺を捕えた。
「そぎゃんこつ....?ユウジくん?」
「ちとせ.....っ」
もう一度、名前を呼んだ。二度目は声にはなったけど、めっちゃ震えて半分くらい消えてもうてて聞こえたかどうかは不確かやった。
「.....っすまんばいきっぺい、また後でかけ直すと。」
ピ、と電子音がして千歳が携帯をズボンのポケットにしまった。
そしてそのまま俺の手をつかんで、俺の頬に触れた。
「.....なんでも、ない.....」
心のなかに渦巻く、この気持ちが何かわからんくて、そう答えるしかなくて。
いいようのない気持ちにさらに不安になって。
そんな俺をみて、千歳は眉を下げた。
「.....なんで、泣いとっと...?」
無意識のうちに溢れ始めた俺の涙を拭う千歳の手を、きつく握り締めた。
自分の涙の意味も、心に渦巻く感情も、なにもかも、そのときの俺はまだ何も知らんかった。
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