不安を消したかったからで、



「....最近、よう千歳さんとおりますよね、」

「...は?」



部活前、背後から視線を感じた気がして振り返ってみると、すでに着替えを済ませていた財前がロッカーにもたれかかったまま無言で俺を見ていた。
いつもにも増して感情が読み取れない目をしたそいつに一瞬だじろいていると、開口一番の謎な言葉。
俺が最近よく千歳とおる?や、そんなこと、なくないこともないんか....?



「...そうか?」


「...無自覚っすか、本間ないわアンタ。」


「おま、先輩にアンタとか言うなや。」

「.....」

「なんやねんな-、わからんやっちゃな-...」



再びだんまりに戻った後輩は、ただ少し不機嫌そうに再び俺を見ていた。
どうしようもなかったのと、部活開始の時間までそんなに時間なかったんとで、(遅刻したら絶対白石に怒られる...)俺は脱ぎかけだったシャツを脱ぎ去り、見慣れたユニフォームに袖を通した。
そして、ラケットをとり、コートへと向かおうと思って振り返ると、目の前に財前が立っていた。



「.....っびびるやん、なんやねんな!」


「....小春先輩のことはもうええんですか?」


「.....何の話やねん。」


「最近、前ほどベタベタしてへんでしょ?」



財前のその言葉に思わず言葉に詰まる。
確かに、そうや。
俺は最近小春を避けてる。やって、俺の小春への思いは好きやないって言われてどうしたらええかなんてわからへんし
どうしようもないしで....
前みたいに小春にくっついてへん。俺の気持ちが好きやないなら、俺はどうしたら....?



「....小春先輩やのうて今は千歳さんにくっついてますしね。」


「さっきからなんや、千歳千歳って....」


「....別に....ただ今までめっちゃ仲良かったわけやないやないですか。」


「まぁそうやけど。」


「千歳さんがユウジ先輩のこと家まで送ってからでしょ、今みたいにベタベタし始めたん。....優しくされたらだれでもええんですか?」


「.....なんやねん本間にお前さっきから!」



財前のその言葉にカチンときて思わず声を荒げた、が財前の射るような視線にたじろく。
もともと目つきは良い方じゃないやつやけど、いつもにもまして...って言うか正直怖い。なんで怒ってんねん。




「.....なんで俺やないねん。」


「.....ざいぜん、?」


「俺やったら小春先輩みたいにアンタのこと泣かせたりせぇへんしずっと傍におったるのに。」



ふと、延ばされた指先が俺の頬に触れる。まだ秋の初めなのに財前の指先はひどく冷たかった。
でもそれでもひどく、優しく....触れてくるから振り払うこともできなくて。
俺を真っすぐに映すその目に吸い込まれてしまいそうで.....。



「俺のこと、好きになってくださいよ....」



今まで聞いたことのない、後輩の甘い声に俺はその場から動くことも、指一本動かすことすらできなかった。
ただ、その場に張り付けられたように、ただ真剣な目をした財前の目だけをみて....


財前との距離が、少しずつ縮まってゆく。
10センチ、9センチ、8センチ.......


ざわざわと、突然心が騒ぐ。
違うと、叫ぶかのように。何が違うのかは、わからない。でも違う、何かが、違う....!



でも押し返そうとした手は、いとも簡単に捕えられた。逃げようにも、後ろはロッカ−で塞がれてる。
財前との距離がゼロになる寸前、それまで俺と財前以外誰もいなかった部室に第三者の声が、響いた。




「何しっとっと?財前」


「アンタには関係ないこと、っすわ。」


「なんねその言い方...」


「別に本間のことでしょ?」



財前に両手首を捕えられて、ロッカーに背中を預けたまま財前の肩越しにドアの方を見てみると
いつの間に来ていたのか見慣れた姿が目に入った。
千歳の姿を視認した瞬間、心に何故か安心感が広がる。でもそれよりも何よりも
千歳が財前を、財前が千歳を睨んでいる目がすごく、怖かった。



「......」


「別にユウジ先輩はアンタのモノやないやろ、まぁ俺のモンでもないけど。」


「.....ばってん、   」




千歳が何か言おうと口を開いた瞬間、千歳の後ろでドアが激しい音をたてて開いた。
財前はちらりと、視線をそっちにうつして盛大にため息をついた。



「本間空気読まれへんよな謙也さん.....」


「なんやねん機嫌悪いなぁ-、もうクラブ始まるで?」


「謙也のいう通りや、財前もユウジもほら、はよコートにいきや、で千歳は早く着替える。」



次いで入ってきた白石は、俺、財前、千歳へと視線をうつしたあと、少し肩をすくめて笑った。
それでもなお、動いてくれない財前のせいで動けない。
千歳と財前は相変わらず睨みあってるから、どうしようかと思っていると突然ばたばたと足音が鳴り響く。
そして謙也と白石の間をわって金ちゃんが千歳へと飛びついた。



「久しぶりやなぁ千歳ぇ!なぁワイと試合しようや-!!ワイ千歳と試合したい!!なぁ白石ぃ-、ええやろ?」


「金ちゃんは元気やなぁ、ほな打ちあいしたあと千歳と試合していいから千歳つれてきてな」


「まかしとき-!ほら千歳はよ着替えてぇな!!」


「そぎゃんひっぱらんくても俺は逃げんったい」



金ちゃんの登場でぴりぴりしていたその場の空気が少しなごんだ。
金ちゃんが千歳を奥へと連れていってくれたおかげで二人の睨み会いもおわって...
未だに掴まれた腕はゆっくりと解放された。

動けない俺を横目に、何もなかったかのようにラケットをとってドアへと向かう。
ただそれを見ているしかできない俺を一度だけ、振り返って。
俺にしか聞こえないような声で、次は逃がしませんから、とだけ言い残して謙也を一発殴ってからコートへといつも見たく少し背中を丸めて歩いていく財前は、本当にいつもと何も変わらなかった。



「ちょ、まてや光-!痛いっちゅ-ねん!」


「相変わらずやなあいつらは....ほら、ユウジもいくで」


「あ、おん...」



いつの間にか俺のラケットを持って傍に立っていた白石が俺の頭を撫ぜて、困ったように笑った。
開始時間過ぎてもうたわ、と冗談めかして笑う白石に俺はようやく安堵の息をついた。


先ほどの心のざわめきを忘れたくて、自然に差し出された白石の手を握りしめた。
外に出てみると、まだ暑い太陽がきらりと、一際輝いた。
眩しくて何度も瞬きする俺を見て、白石はユウジも大変やなぁと、笑った。









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