「新宿の情報屋が消えた。」
その噂は瞬く間に広まった。それほど折原臨也、という人物はこの町では有名だった。
それはいい意味でも悪い意味でも。


そのどこから流れ出たかもわからねぇ情報をそのまますぐに鵜呑みにした訳じゃねぇ。
ただ、なんとなく、としか言いようのない野生の感。

臨也はもう二度と俺の前に現れることはないと、そう思った。


臨也が俺の目の前から消える。それは長年願っていたことだった。あの冷たく、人を見下したような笑顔を見なくて済むほど嬉しいことはないだろうに。
臨也さえいなければ、俺は無駄な暴力を振るわなくて済む。あいつの退屈しのぎに問題に巻き込まれることだってなくなる。
俺は暴力が嫌いだ。それは昔も今も変わっちゃいねぇ。臨也が居なくなった、それはいいことじゃねぇか。


なのに、何故だ、とコンクリートの壁を殴る。小さくも激しい音が薄暗い路地に反響して消えた。
地面に落下した破片を踏みつぶして、俺は髪をぐしゃりと握った。
不安、なのだ。臨也が居ない、この日常が。


『シズちゃん』


時折、臨也の声が頭の中で響く。アイツらしくない弱弱しくて今にも消えそうな、声。こんな声で俺を呼ぶ臨也など俺の記憶に存在しない。
だから、なのだろうか.....。思わずあの憎らしげな姿を探しに行きたくなるのだ。
探し出して、その手を引いてやりたくなる、そんな感覚。
そんな俺の気持ちを何一つ知らず、頭の中でまたその声は囁く。泣きそうに声を震わせて、俺の名前を。

俺はそんな声を振り払うかのように頭を振る。あの噂だって臨也が流した可能性だってある。



でも、俺はドアノブを握った。新宿の、臨也の家のドアノブを握った。ここに来たのは紛れもねぇ俺自身の意志だ。
ドアに立った時点で、中に人の気配がしないことはわかっている。でも、それでも.....。それでも俺は鍵を壊して中に入った。



「......やっぱ、いねぇよな........。」



部屋の中はほこりひとつなく綺麗な状態だった。不意に机の上におかれたナイフが目に入る。
無意識のうちにそれを手に取ったが冬の気温のせいもあってか当然そこにはなんの温もりもなかった。ただ、ただ冷たいナイフ。
刃の部分を握ってみたところで俺の皮膚は数ミリとて傷つかない。
臨也は、無謀な奴だと思う。バケモノじみたこの力にたかがナイフで抗うことなどできないのに。
臨也は、馬鹿だ。殴ったところで次の日もその次の日も俺の目の前に現れるのだ。嫌な笑みを浮かべながら。


がちゃりとドアが空いた。


「....やっぱりあなたね。鍵壊さないでくれないかしら。」

「.....あ、」

「そろそろくると思ってたわ。」

振り向くと、......たしか臨也の秘書、だったと思う人物が立っていた。



「.......いないわよ。あいつ」

「そうみたいっすね。......あの、」

「どこに居るかは知らないわ。連絡もつかないの。」

「そうっすか.......」


重度の携帯依存症だから見てないはずなんてないのに、と目の前の人物は呆れたようにため息をついた。


「......探すつもり?」

「....えぇ、まぁ。....あいつのせいで散々な目にあってるんで、やりかえさないままは性に合わないんで.....。」


それは半分ほど嘘だ。あいつにされたことを許せるほど俺は心が広くねぇ。
それにあいつの息の根を止めるのは俺だ。でも、今はそれ以上に、か細い声で俺を呼ぶ臨也を一刻も早く見つけて......

そこで、ピタリと思考が停止する。

見つけて、どうする?
この世で一番大嫌いな天敵を見つけて俺はどうしようかというのだろうか。
俺が手を差し出したところで臨也はそれを嫌がる。そんなことぐらいわかってるのに、何故。

何故、それでも俺は臨也を探しだそうとする?



「はははは、はははは」

「....ちょっと、」

「そういう、ことかよ。俺も馬鹿だな........。」

「......はぁ、とりあえず探すみたいだから一つ伝言を頼もうかしら。」

「.....??」

「晩御飯、何がいいか電話しなさいって言っておいて頂戴。好き嫌いが多すぎるのよアイツ。」


そう言って、臨也の秘書はふ、と笑みを零した。






「新羅......」

「やぁ、静雄。久しぶりだね。どうしたの?」

「......」


その秘書の助言で俺はそのまま新羅宅へと向かった。久しぶりに会った新羅は俺の顔を見て、少し泣きそうな笑みを浮かべた。
そしてしばらくの沈黙ののち、静かに呟いた。
臨也を、助けられる?と。その言葉に頷いた俺を新羅は家の中に迎え入れた。


「.....君じゃなきゃ、駄目なんだ.....。君じゃなきゃあいつを救えないんだよ。」


ソファーに腰掛け、コーヒーを一口飲んで、新羅は語り始めた。


******
ちょっと展開←
あと、ふたつ!(^^)!



back