災難の責任(悪魔と物書き)

「そういう訳でな、今布団で寝かせてんねん」
「まーた大変な事になったなぁ。腕怪我して熱出すなんて」

 藍が屋根から転げ落ちたと聞いた時は今日以上に驚いたが。

「んじゃ、夜にまた見に来る事にするわ」
「おおきに! ほんで今日は何作るん?」

 重症ではなくとも一応病人がいるので、藍と自分の分とは別に満の為に梅粥を作る事にした。
 案の定彼は寝室で一人つまらなそうにしている。喉を擦って時折咳き込む辺り、どうやら本当に風邪の引き始めだ。その様子に苦笑して粥を勧めると満は礼も言わずにそれを受け取った。

「じゃ、俺は戻るが気をつけろよ」
「アイちゃんおおきに! お仕事頑張ってなー」

 足早に去っていく相野田を見送るとすぐさま満の元へと向かう。手伝うべきことは今のところなさそうだが、それでも無理に何かしたくなる。

「ミツ、何かする事ある?」

 昼食の後、所在なさげな満に満面の笑みで尋ねる。些細な事で良い。昨日酔って怪我をさせたお詫びになるなら。
 満は何処か嬉しそうに尋ねる藍を不審気に見た後、顔をふいっと背けた。

「別に」

 冷たくそう返し彼女の反応を窺う満。藍は分かりやすく凹んでいた。主人に怒られて落ち込む飼い犬のように。
 そのしょんぼりとした態度を面白く思った満は途端に先程の答えを反転させる。

「……本くれ。何でも良い」
「うん! 待っててな!」

 藍は頬を緩ませながら隣の居間へと走っていった。余りに慌て過ぎてこけたようだが、数分も経たぬ内に両手一杯に大量の本を抱えた彼女が現れた。

「持ち過ぎだろ。そこまでいらねぇよ」
「ほな、この中から読むヤツ選んで。後はちゃんと戻すし」

 何をそんなに張り切っているのか、たかが風邪だと言うのに不必要な事を。そんな投げやりな気持ちがあったのは嘘ではないが、今は寧ろ藍の働きぶりが面白い。山と積まれた中から適当に二三冊取り出し枕元に置くと、満は自分が読書に熱中する間暇であろう彼女を傍に誘った。

*************

 翌日、時々咳は出るものの熱は一晩で治まり、満は鬱憤を晴らす如く精一杯動き回っている。
 だがその開放感もすぐに消え失せた。お決まりの手紙が小憎たらしいあの召使と共にやって来たのだ。

「ほー、風邪引いたんか情けない。姫にうつしとらんやろな」
「朝っぱらからお前に会うとか、寝込んでる方がマシだな」

 お互いに噛み合わない(噛み合わせる気のない)挨拶を交わした所で、藍が嬉々として左近と抱擁する。

「看病頑張りましたな姫。お疲れさん」
「えへへー、おおきに」

 左近の表情と声が満に対するものとは天と地程に変わる。その変化ぶりに吐き気を覚えつつ満は文机にどかっと座った。

「怪我してんのに大丈夫なん?」

 迷いなく鉛筆を手に取る満に、不安気に藍が近寄る。抱きしめていた体が離れ急に手持ち無沙汰になった左近が何事かと藍の背後に進む。

「利き手じゃねぇし構わん」
「でも、まだ痛いんやろ?」

 気にするなよと文句を言おうとした口は止まった。至極悲しそうに藍が俯く。

「何だよその顔。何かあんのか」
「だってその怪我……ウチの所為やないん」

 意を決しての言葉に無意味に鉛筆を回していた満の指が止まる。左近がどういう事やと聞くのに時間はかからなかった。

「はぁ?」
「惚けんでもええ! ウチが酒呑んだからやろ?」
「酒? 姫まだそんな歳やないでしょう」

 左近が訝りながら藍に、満にも問い質す。藍の飲酒でどうして満の怪我に繋がるのか、いや抑々、どうしてそういう展開になったのか。

「ウチが勝手に呑んで、酔うて暴れたんやろ? それを抑える為に……」
「覚えてんのか」
「ううん、全然やけど……でも想定出来る話やん。そこまでアホやない」

 満はようやっと彼女の昨日の張り切りようを理解した。怪我に対して責任を抱いていたらしい。だったら呑むなよこの馬鹿。

「暴れたっつうか裾に躓いただけだよ」
「ホンマにそれだけ? 取り返しのつかん事とかしてへん?」
「してねぇよ。もしそうだったら家目茶苦茶だろが」

 つっけんどんな返答に腹が立ったらしく、左近が容赦なく満の頭を叩く。抗議する満を目で押し黙らせると、口を開かない藍の代わりか左近は呆れたように言い放った。

「姫に余計な気ぃ使わせよってこのアホ。もっとマシな物言いあるやろ」
「お前は関係ねぇだろ。黙ってろ部外者」

 これでもかと目力を強め一触即発の二人を余所に、藍は視界を歪ませる涙を拭き取ろうとする。罪悪感が揺らぎ安堵が心を占めていくのか張っていた体の力がへたりと抜けた。

「よ、良かったぁ……」
「泣くなよ! だから大丈夫って言ったろ」
「もっと優しぃ言えやアホ」

 何かと言い争う左近達に注意もせず、藍は真っ赤な瞳で満に抱きついた。少々間が空き、苦笑して満がそれを包み込む。

「安心しろ。お前がちょっと暴れた位で俺はくたばらねぇよ」
「うん。ごめんな……もうお酒は絶対呑まへんから」

 左近はもう何も言わなかった。仕方がないといった風に顔を逸らし、同時に何時手紙を出そうか計りかねる。藍は抱きついたまま顔を見せず、こちらに振り向こうとしない。その状態を邪魔してはいけない気がして、ならばこのまま置いて帰ってしまうのも良いだろう。
 満が黙って帰ろうとする左近に気付き藍を離そうとするが、静かに首を振ると満に手紙を譲り渡して彼はそっと飛び立った。


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