天使の来訪(悪魔と物書き)

「両親の命により、貴方の家に暫くお世話になる事になりました。これは決定事項ですので貴方が拒否する事は出来ません。悪しからず」

 突然現れた顔立ちのよく似た男女。色素の薄い同じ色の髪と瞳が揃って風に揺れ揃ってこちらを見上げる。浮世離れしたそれに見入っていた訳ではなく、満はただ単に状況が飲み込めずにいた。
 藍の怪我が切欠で入った仕事の締切りが近付き、原稿の徴収に来た雑誌社の編集員だと予想していたのだが、現れたのはそれとはかけ離れたどう見ても何らかの仕事に就いているようには思えない人間。
 いや、予想が外れたのはこの際どうでも良い。問題はやって来た人間自体である。

「誰だお前等」

 率直に赤の他人であるのだろう彼等に名を問う。
 頭の引き出しを開けては閉め、何とか縁(よすが)になりそうな思い出を掘り起こそうとするのだがまるで何も思い出されない。親戚にこんな目立つ人物が居たなら即刻噂になっているだろうし、確実に記憶に残る筈。

「あ、申し遅れました。私達は」

 本気で忘れていたのだろう。色とりどりの花が鮮やかな振袖を着た少女が慌てて自己紹介に入る。そうだ、名前が分かれば知り合いか否かはっきりする。
 だがそこで、玄関に行ったきり戻らない満を心配してか同居人が遠慮無く割り込んできた。かと思えば。

「あっ、あんたら! 久しぶりやなあ!」
「藍さん! 本当にこちらにいらしたんですね!」

 顔を合わせた途端、満を差し置いて藍が真っ先に少年少女へと駆け寄る。お互いに知っているという事はこの二人は悪魔なのかと考えが至り、彼はすかさず疑問を口にする。

「ちょっと待て、お前の知り合いって事は」
「あー、それは後で話すから、とりあえずお茶出してきて。な」

 言い終わらぬ内に強制的にもてなしを命じられ、家主の威厳が損なわれた気がしてむっとするも渋々とそれに従う満であった。

*************

「初めまして。私は鵯と申します。こちらは弟の追風。どうぞお見知り置き下さい、満さん」

 にこやかに、そして可憐に。当然のように己等を天使と宣う少女は三つ指をついて辞儀する。その隣には先程から一言も喋らずこちらを睨める少年が座し。寒暖の差が激しいとはこの事だ。藍よりも悪魔らしい目付きである。

「で、一体何の用だ」
「それはもう申し上げました。藍さんと一緒に、貴方のお世話になるからです」

 巫山戯るな。誰がそんな戯言を。こいつだけで十分だと言うのに。此処は旅館じゃない。――腸が煮えくりだし、満は盛大に呆れるのを抑えて返した。

「誰が決めた」
「両親です」

 即答。余りにも潔い答え。天使というのは見目麗しいが口ははっきりしているらしい。少なくとも隣の悪魔よりは賢そうだ。

「悪いが二人分の寝具など」
「ご心配なく。必要最低限のものはこちらで用意しております故」

 だったら他の家を当たれ、いっそ家建てろ! と突っ込みかけて、それが効きそうにない相手だと悟る。有無を言わせぬ意志が容赦なく切り捨てるだろう。勝手過ぎて脱力する。
 ここで藍が手土産にと渡された木箱に手を伸ばした。遠慮なく開けだす彼女を窘めようとした目に、『菓子詰め合せ』の文字が映り――

「それは両親が直々に選んだものです。貴方は菓子がお好きだと伺ったそうで」

 中身は文字通り、九つに仕切られた空間にそれぞれ饅頭や花の練り切り、かりんとうにおかきなどが所狭しと並んでいた。藍が素直に目を輝かせる。
 食べたい。物凄く食べたい。どれもこれも美味しいに違いない。――味の想像までした頃には、満は渋々彼等の滞在を了承したのである。

*************

住み込むからにはと、二人に条件が出された。仕事の邪魔はしない、食事に文句は言わない、勝手に働いたりしない。

「働く? 何故?」

 二つ目まで真面目に聞いていた少女、鵯が首を傾げる。少年は絶えず無口なまま。

「先日色々と問題があってな。主にこいつの所為で」

 そう言って側にいる悪魔を顎で指す。途端、罰が悪そうに表情を歪める藍。一連の動作を眺める四つの瞳が胡乱に光った。

「そうですか。……所で満さん、藍さんに無礼な事は止めて下さいね」
「……は」

 唐突に硬くなった声に瞠目するも、少女の表情は至って穏やかであった。但し少年はより愛想が悪くなっている。
 どうやら彼等にとってこの悪魔はそれなりに大事なもののようだ。本日一番の不思議である。理由を述べられても理解する気はないが。

「そうそう、二人は何時まで此処におるん?」

 空気が何とも言えぬ微妙なものに変わっても、それを気にしていない存在がいた。藍がおかきの入った小袋を手に尋ねる。

「特に期間は定められていません。頃合いになったら、とだけで」
「頃合いって……何の?」
「さあ、私達もそこまでは……」

 申し訳なさげに、姉の鵯が答える。聞いた本人は特に感情を表わさず、そっか、とだけ返した。おいおいそんなんで良いのか、と声を大にして言いたいのを抑え、満は気持ち急きながら仕事に戻る。
 とはいえする事と言えば原稿の確認のみ。編集者が何時来るかも判らない。嗚呼、今頃向こうは何をしているのか。一刻も早く作品を渡して新たな問題に立ち向かわねばならないのに。
 襖の向こうで談笑を繰り広げる彼等がいっそ羨ましくもある。この家がこんなに賑やかなのは初めてだ。二人の目的が判らず、あまり素直には喜べないが。出来れば数日で解放される事を望む。

「……次から次へと嫌になんぜ、全く」

 仕事を終えたら飲みにでも行こうと考えていたのに、最早それは叶わないのだから。


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