幼馴染の召使(悪魔と物書き)

 同族の血を飲んだお陰か、藍の容態は見違える程良くなった。

「具合はどうだ?」
「うん、一週間も経ったんやし、動いても構んやろ。ちょっと歩く位なら出来るで!」

 自信満々にそう言うも、満は納得せず。結局今日も布団の中で過ごさねばならない。

「つまらんなぁ。動かな暇でしゃーないんやけど」
「黙って大人しくしてろ。暇潰しの本なら幾らでもあるだろうが」
「でもなー……」

 最初の内は面白く読めるが、そのうち縁側にばかり目がいってしまいちっとも集中出来ない。だって外の方が楽しそうやもん。

「そうか。一週間て事は、手紙が来るんか……」

 返事など書くものかと思っていたが、こうも暇だと何か手を動かしていないと落ち着かない。たまには違う事をしないと暇潰しにもならないのだ。

「左近元気にしてるんかなー」

 左近とは藍の父に仕える召使であると共に、藍の幼馴染でもある。だが精神的な距離は幼馴染と言うよりは主従に近い。何せ向こうは敬語で、藍の事も“姫”と呼ぶ。

「全然姫様やないのになー、ウチ」
「そんな事あらしませんよ」

 ぽつりと独り言を呟いた筈で、他人の意見を求めてはいない。なのに何故それに応える声があるのか。嗚呼、もしや。

「左近?」
「はいそうどす」

 目が眩む思いで縁側を見ればその言葉遣いも相まって藍よりも神々しい雰囲気の男性がそこにおり。

「久しぶりやなー! 入り入り!」
「体調はどうどすか姫。旦那様にえらい怪我負わされたと聞きましたが」
「何や知ってたん?」
「奥方様に怒鳴られはって、小さい声で言わはりましたよ」

 微笑みを絶やさず藍に接していた左近も、そこに満が現れると僅かにその質を下げた。

「誰か来たのか藍」
「ミツ! 来て来て紹介するわ、ウチの家の召使の左近やで!」
「ご紹介に与りました左近どす。姫がお世話になっとります」

 人の良い完璧な笑顔が続くかと思いきや、次の瞬間には地を這うような恐ろしい声に変わった。

「……姫に手ぇ出してへんやろなぁミツとやら」

 あまりの変化ぶりに目が点になった二人を差し置いて、左近はくどくどと満に向けて冷たい言葉を浴びせる。この左近は悪魔達の中で忠誠心が高い事でも有名であるが、仕えている藍一家と自分の家族以外にはその優しさを欠片も見せない事で有名だった。

「ええか、これから毎週俺が手紙を持って来る序でに、お前が変な事しとらんか見定めたるから覚悟しぃ」

 どすを効かせて圧され気味の満をこれでもかと睨める。だが、面喰っていた満のこめかみがピクリと動く。

「アホらし。俺がそんな事をするように見えんのかよてめぇは」
「当たり前や。今日の事かてホンマは狼から姫を取り返そう思てたけど旦那様が止めはるし姫も望んではらへんから止めたったんや」
「だから睨みを利かせるってか。ふざけんな」
「喧嘩は止めんか二人とも!」

 鬼が自分を挟んで言い合いしているようで落ち着かなかった藍が困惑した表情で二人を咎める。だが、左近から溢れ出る満への敵意は治まる気配はなかった。

「お前なんぞ俺の気ぃ一つで簡単に気圧される」
「……ぐっ、な、んだっ、これ……っ」

 左近の放つ敵意という“気”が満を容赦なく包み圧し潰そうとする。それはこの間藍とその父親との対戦の時に味わったものよりも遥かに重苦しい。

「止めて左近! ミツを傷付けんといて!」
「大丈夫どす姫。殺しはせぇへん」
「そんな問題やない! お願いやから止めて!」

 涙を浮かべて懇願する藍には敵わないのか、些か不満そうではあるが左近は気を緩めた。途端にどっと疲れが湧き、腰から畳に落ちる。胸が痛い。

「ほな、これで帰らせて貰いますわ。くれぐれもお大事に姫」
「う、うん……有難う……」

 俯いたまま肩を藍に抱かれている満を憎らしそうに見遣ると、あっという間に彼の姿は消えた。そこでようやっと心が軽くなったのか、満が徐に顔を上げる。

「ミツ、大丈夫か?何処も痛ない?」
「は、これぐらいでへこたれたりしねぇよ……それよりも」

 涙の引っ込んだ藍が必死に無事を確かめる。それを跳ね退けて、満は尋ねた。

「あの親父に帰って来いって言われたって本当か?」
「確かにあんたが広場に着く前に言われたけど……全力で断わったで。何で?」
「いや……お前がそこで頷いていたら、こんな事にならなかったかもな、と」

 苦笑すると、藍が哀しそうに呟いた。知らずまた視界は揺れて、頬にそれが伝う。それでも台詞は淡々と発する。

「ごめんなミツ、ウチの所為で……でもウチは、まだ帰りたない。あそこに戻りたないんよ……」

 もっと強気な言葉で返すだろうと思った反応とは著しく違っていた。泣かれるとはまた面倒な。

「あー、分かった悪かった泣くなよ。何か食うか?」
「……おにぎり……」
「すぐ用意すっからじっとしてろよ」

 少々乱雑に、でも優しさを込めてその名と同じ藍色の頭を撫でる。彼女の長い髪が緩やかに靡くのを見届けてから、満は台所へと向かった。


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