悪魔の実態(悪魔と物書き)
血みどろで家に着くと、宣言通りに藍の父親が居座っていた。悪態をつこうとするも、現状を考えるとそれどころではない。まずは染み付いた血を落とさねば。
「やっと帰って来たんか、えらい遅かったなぁ」
意図を掴めぬ笑顔を浮かべ、縁側で佇む藍の父は着物の裾から赤い小瓶を取り出した。
「血ぃはわしが落としたる。まずは輸血や」
そう言って満の手から藍を奪い、小瓶の蓋を開けて彼女の口に近付ける。瓶も赤ければその中身も赤い。
「それ、何だよ」
「……同じ悪魔の血ぃや」
堪らず問うと、間を以て彼は答えた。赤子をあやすかのように藍を抱え、満に背を向けて。
「別にお前のでも構んが、血ぃには相性っちゅうもんがあってな。相性が良けりゃ治りも早く量は僅かで済むが、悪けりゃ大量にいるし、治りも遅い。勿論必要な量は怪我の程度によるけどな」
その説明を、満は黙って聞いていた。一言も口を挟まず、ただじっと。
「特に人間との場合やと相性の悪さがお互い命取りになる可能性もある。悪魔同士やと、どんなに悪うても最悪死ぬなんて事はあらへん。まぁ怪我させるつもりでおったし、持ってきといて良かったわ」
「どういう意味だよ」
「家出してどう変わったか、強さを測りに来たんや。後は一度も連絡してこんからお灸据えたろと思てな」
ほら終わったで、と藍の父が振り返ると、何をどうしたのか床に滴る程血塗れだった着物は元通りの鮮やかな色に戻っており、負傷した腕とわき腹の血もすっかり止まっていた。
「お前も着替えて来ぃ。この子は寝かしといたるから」
そう言われて、自分も血塗れであった事を思い出し、満は慌てて脱衣所へと向かった。
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花見どころではなくなったと申し訳なさそうに相野田に告げると、彼はまた今度にすれば良いとあっさり許してくれた。その今度が何時になるか、もうその頃には桜も散っているだろう。
「そう言えば」
「ん? 何や」
一度あいつにでも聞こうと思っていた。でも、藍よりは父親の方が詳しいだろう。
「悪魔は血を飲むのは良い。で、こいつがそれを嫌う訳は?」
愛しい娘の髪を梳きながら、半ば驚いたらしい彼は軽く咳払いをした後、声を抑えて話し始めた。
「藍が話したんか。……その原因は、藍が五歳の時やった。悪魔である以上、何時かは血を飲まないかん時が来る。だからその時の為に対処の仕方と血の味を覚えさせよと思て、召使の一人の血を呑ませた事があった。今みたいなんでなく、本人から直接な」
遠くを見つめ、懐かしそうに彼は語る。彼の顔を見据え、満は無言でいる。
「せやけど、藍は加減が分からず血を飲み過ぎてなぁ……召使は一ヶ月も気ぃ失うて、ちょっとした騒ぎになったんや。初めやからしゃあない、こうなる事は計算の内やとわしを含めた回りは落ち着いたんやけど、そうしてしもた本人がえらい気にしててなぁ」
自分が血を飲めば、皆こうなってしまうのか――ならば、血など飲みたくない。そんな事をしなくても良い。万一どうしてもそうせざるを得ない状況になったとしたら、ウチは拒絶してそのまま――。
「その思いは日に日に強うなって……要は、血が怖くなったんやな。目覚めるまで毎日その召使を気にしてたし、その後わし等が血を飲まそうとしても、意地でも従わんかった」
そこで彼は話を終えた。満は考え込むようにしており、何も返さなかった。
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「……起きたか藍。具合はどうや?」
「あ、れ……此処は……?」
数時間後、安らかに寝息を立てていた藍が目覚めた。ほっとしたものの、まだまだ安静が必要である事に変わりはない。用意した白粥を食べるかと尋ねると、食欲旺盛な彼女は笑顔でそれに応えた。
「さて、娘の顔や声も十分見聞きしたし、そろそろ帰るわ」
「え」
熱々の粥をれんげで掬い嬉しそうに口に運ぶ途中のその一言で藍の動きが止まった。
「元々対決するんが目的やったしなぁ。あ、そうそう、一週間後にわしからの手紙が届くから忘れんときや。左近が届け役やで」
「勝手に決めんな廻りくどい事すんな!直接言うか自分で渡しゃええやんか」
「手紙は毎週来るからなー。返事書けよー」
「人の話を聞かんかワレェ! ……っ、げほげほっごほっ」
噎せた藍の背中をさすり終わった頃には、その姿はもう何処にもなかった。
「畜生あのくそ親父めぇぇ!」
暫くの間、彼女の実に悔しそうな雄叫びが満の家に木霊した。