或る青年の過去(雇われ魔王の喫茶店)

 博覧会初日を終えた日の夜。マロンシェード王・フィリーの私室に訪れたるは幼馴染であるテイルファーゲン王・ヴァンシュタインと、その二人を見守るエルヴァ王・アルセール。
 その目的は昼間の騒動についてではなく、騒動の首謀者との関係について。
 彼は穏やかに語り出す。幼馴染であるヴァンシュタインにすら決して話さなかった事を。

*************

 長話をする前に、結論を言う。あいつ――俺を目の敵にしていたあの首謀者は、昔この城にいた人間だ。
 それも俺が魔王となった頃……大体170年前か。それまでの話だが。
 あまり語りたくはないが、お前らだけには話しておこう。

 お前らもとうに知ってる通り、俺は前マロンシェード王の子息として生まれた。公には前王の子は俺のみとなっているが、何処の国でもあったように先代には妾が一人いた。素性は知らない。どうでも良かったからな。
 念の為に言っておくが、俺は正妻から生まれた。ただ――王の子を身篭ったのは、妾が先だった。
 俺が生まれる100年は前。王と妾の間に男児が生まれ、その60年後にもう一人、男が。
 俺は3人いる前王の子の中でも一番最後に生まれた。それが不運の始まりだった。

 妾が先に子を産んだ事、妾に遅れて俺を産んだ事に、正妻――俺の母は随分苦悩したらしい。正妃という立場でありながら、跡継ぎとなる子を妾より先に産めなかった、と。
 まあ、そうなるのも無理はない。何せ城では既に、妾が一定の地位と権力を持ち始めていた。勿論、第1子を産んでからだ。
 前提はこれくらいにして……本題に入るか。

 これは俺の、物心ついて10年経った頃の記憶。連日どんよりとしている国の空が、一段と暗かったあの日。40の誕生日を迎えてすぐ、俺は母上と共に、更に暗い場所にいた。

「陛下は何故私達を別館の地下に追いやったのかしら……そこまでしてあの妾に入れ込んでいるのか、それとも彼等のご機嫌取り? いずれにせよ、私達はこれから冷遇されるのね……この狭い籠の中で、更に肩身を狭くして」

 母上――エルコーヴは、申し訳程度に置かれた椅子の埃を払い、腰掛けて言った。声はおっとりしているが、端々に哀しみが溢れていたのは忘れない。

「何もこんな日にしなくたって……太陽が恋しい」
「俺は知ってる、あいつらが陛下に脅迫したんだ。そうに決まってる」

 手の届かない窓を見上げて、俺は奴等を恨んだ。でも母上の目は既に倦怠感に塗れていた。案の定、母上は俺の意見に同調せずに諦めを零した。

「例えそうだったとしても、誰も妾を責めないわ。もう良い。それで、良い……」
「……何で、諦めるんだよ……」

 悔しい。悔しいと心で叫んでも意味はない。でも受け入れようとする母上の手前、音にするのも俺には憚られた。何も言えなかった。
 何故陛下はこんな仕打ちをするのか。追い出す訳でも消す訳でもなく、飼い殺す気なのか。

 暗い思考が錯綜して混乱している時、誰かがノックもなしに入ってきた。使用人だった。
 俺は堪らず彼等に尋ねた。例えこんな狭い箱に押し込まれても、城では自由に動けるのだろうと。
 次の台詞で、俺はその微かな希望とも言うべきものが、間違いだと知った。

「申し訳ありませんフィリー様、王妃様。陛下と妾様からのお達しにより、来賓のある時以外は王族として扱う事は致しません」
「この城では全てにおいて、妾様と殿下達が優先されます。まあ、現状を見れば致し方ないでしょう。貴方がたの事は後回しで構いません。それが懸命ですよ」

 使用人達は、いけしゃあしゃあと薄ら笑って俺を見下ろした。怒りより前に、俺は呆然とした。
 救いを求めるように母上を振り返るが、それも無意味。母上は彼等を見ていない。視界に映す気もないのだろう。

「それにしても妾様は酷いお方だ。フィリー様が生まれてから、陛下に貴方がたを遠ざけろと事あるごとに仰っていたんだから」
「40年よくもったなと言うべきでしょうね。いやはや、陛下の我慢強さか宥める口の巧さか。寧ろ妾様の辛抱が此処まで続いたのが奇跡かも知れません。ははは」

 使用人如きが堂々と奴等の策で幽閉された俺達に向けてそう言える程、妾の力は強かった。俺はもう口を開くのを止めた。
 誰も助けはしないんだ。皆敵なんだ。ただ黙って壁を見つめる母上の態度を真似た。
 使用人等と目も合わせず口も聞かず、無礼な発言にも耳を貸さず。心を塞いだ。この城で唯一頼りになる他人は、爺やだけになった。

 何故俺達がこんな目に遭わなければならない。俺が何をした。母上が何をした。何にも悪くはないのに。
 理不尽だと扉の向こうへ消える使用人達を睨んだ。届かないのは知っている。それで良かった。
 俺は母上の膝に寄り添った。途端に涙が溢れて、漏れる音を殺した。哀しい、苦しい、辛い、嫌だ。どうして、何故、を繰り返した。
 母上は俺を抱えて、宥め続けた。その目尻に涙があったのが見えてしまい、哀しみは更に暴発した。

 その15年後、俺は僅かな自由を得た。赤ん坊の頃から関わりがあった、ヴァンやマリリアとの接触を許されたからだ。
 ただ、相変わらず母上だけは未だ籠の鳥そのもので、それに納得がいかなかったものの、何もするなと釘を刺されて俺は黙った。

 まあ、自由とは言え接触はその二人しか出来なかったし、俺としてはそれでも充分だった。とにかく外に、城から離れたかった。
 それが決定してから、母上は俺に諭すように言った。

「フィリー、これからはテイルファーゲン卿のご子息と、ターナント卿のご息女と過ごしなさい。出来るだけ多くの時間を」

 その言葉は純粋に嬉しかったが、同時に疑問とショックを受けた。何故、と問えば、母上は微笑んで俺の頭を撫でながら。

「十歳より付き合ってきたのだから、貴方にとって彼等は気心の知れた仲でしょう。息の詰まる此処に閉じこもるより遥かにマシというものよ」
「でも……」
「私は良いの。爺やがいるから、独りじゃないわ」

 貴方は折角自由を手に入れたのだもの。そう返されて、素直に頷けなかった。やっぱり、嬉しくはなかった。
 幾ら母上が俺を籠から遠ざけようとしても、最終的にそれに従うとしても。俺は納得出来ない。今でも。

 だから俺は、お前とあいつに言ったんだ。俺は将来が安泰なお前らとは違う、と。
 投げやりにそう言って、マリリアの返した言葉に腸が煮えくり返ったよ。お前に何が解るってな。

「呆れますわ。それが仮にも魔王の子息の仰る事?」

 だがそれを訴える気はとっくになかった。訴えても無意味だと理解していたから。でも黙ってもいられなかったので、小声で反論するに留めた。

「……こき使う側には解んねえよ」
「どういう事です、フィリー」

 あの時のヴァンの素早い反応にはもっと腹が立ったな。都合良く無視しろよ、こいつ。普段ほけほけしてる癖に。
 まあ、最悪なのは――それから国に帰って、城であいつらに鉢合わせた時だが。

「げっ、フィリーだ」

 何がげっ、だ。その言葉そっくり返してやる。そそくさと地下へ戻る俺に、長男――名前は確か、リーナルだったか――が、吐き捨てた。

「妃の子供だからって図に乗るなよ! 俺が魔王になったら真っ先にお前を消してやる!」
「いいぜ、殺せよ。その前にお前を殺す」

 喧嘩を売ったつもりらしいから、俺は敢えてそれに乗ってやった。言動に関しては、半分本気、半分冗談ってところだな。
 そいつは鼻で笑っただけだが、その弟――ええっと、ターチェスっつったかな――は完全に腰が引けていたから、それで良しとした。

「ふん、俺にそんな事を言って良いのか? 俺はお前の秘密を知ってるんだぞ!」

 どうやら俺の返しに怯まなかったのは、切り札があったかららしい。
 俺には秘密なんて特にないし、あったとしても、あいつらが勝手にそう解釈してるだけだ。此処は一つ、その秘密とやらを聴いてやろうと俺はニヤリと笑った。

「……へえ」
「今の事を謝らないなら、晩餐で皆の前でばらしてやるからな!」

 精一杯居丈高に振る舞って、自信満々にそいつは言う。晩餐の場に俺と母上は参加出来ないし、敵のいない所で人の悪口を言いふらしてこいつは楽しいのかと思って、俺は言った。

「今此処で言えよ」
「はっ?」

 案の定、あいつとその弟はぽかんと口を呆けさせた。あの時の情けない面ったら。全く可笑しかったな。
 俺は続けざまに、あいつらにずいっと歩み寄った。

「興味があるな。お前が俺の何を秘密と思ってるのか」
「なっ……!」

 予想を遥かに超えていたらしい俺の反応に、脅した筈のあいつらが逆に脅されているようで俺は本当に面白かった。

「知ってるんだろ? 早く言えよ。どんな秘密なんだ」
「……っ、知るか!」

 更に近付くと、耐えかねたのか二人は文字通り一目散に逃げていった。清々したさ、そりゃあもう。同時に呆れもしたがな。

「何だ、嘘か。つまんねえ奴」

 地下室に戻ると、おかえりと言う前に母上が溜息をついた。ああ、もうばれたのかと、ちょっとだけ恐々とする。

「またあの子等と喧嘩したんですって?」
「ふっかけたのはあいつらだ」

 俺はすかさず反論した。抑々あんなのを喧嘩と言えるのか。ちょっとした小競り合いにもならない。

「どちらでも構わないけれど、貴方も挑発に挑発を返しちゃ駄目よ」

 母上は呆れて俺を窘めた。別に、あんなもの挑発でも何でもない。
 俺が黙って何も返さないのを反省と取ったのか、母上はもう一つ溜息をついて、窓を見上げた。空はずっと薄暗い。

「別にね、誰が次期王でも良いのよ。あの時から、もうそんな事に興味が無いの」

 急にそんな事を言い出すものだから、俺は反応のしようがなかった。俺だって興味はない。なれると考えた事も、心に単語すら浮かびもしない。

「どうせ妾子(めかけご)がなるのでしょう……間違っても陛下の跡を継ぐだなんて考えないでね、フィリー」
「解ってるよ、母上」

 酷く気怠げな声に、母上を安心させたくて間髪入れずに俺は首肯した。隣の椅子に腰掛けて見上げれば、母上はこちらを見下ろして抱き寄せた。

「上辺だけでも妾等を丁寧に扱えなんて……先に子を生んだ程度で」

 微かな声に含まれた感情は複雑で、子供の俺には判らなかった。今なら、少しは理解出来るかもしれない。

 それから更に数十年後。120歳になる年の、城で盛大なパーティーがあった日。乗り気ではないが渋々王子様扱いされていた俺は、隙を見てホールを抜け出した。
 城を駆け巡ってストレス発散していると、ある部屋に辿り着く。扉は閉まっていたが、その奥からは何者かの存在を確かに感じた。やがて聞こえてきた音は、はっきり声だと判った。
 あの声は確かに王だ。誰と話してる――? 知らず知らず、俺は聞き耳を立てていた。
 普段顔を合わせる事のない、曲がりなりにも父親である魔王がどんな密談を交わしているのか。どことなく怖いもの見たさな感情がそこにあった。

「あれは所詮妾に過ぎん。子はただの妾腹。今のうち丁重に扱うのみ」

 話の内容は、とても良い気分になるものじゃなかった。当然だな。あんな奴が何を話したって、俺は絶対に信じない。
 丁重に? 今のうち? ――嘘をつけ。そう言って俺等を見殺しにする癖に。どうせ建前だろうが。内心で怒涛の如く発言を切り捨てた俺は、次の瞬間、背筋を凍らす。

「そこにいるのは誰だ――出てこい、フィリー」

 まずい! 本能が命の危機を察して、俺は城外へと移動した。あの強大なオーラには刃向かえない。遠目には扉を開き周囲を確認する王がいて、逃げおおせた事に力が勢い良く抜けた。

「……ふ、消えたか……」

 歪んだ弧を描く唇が見えてしまった。強烈に印象的だった。相手は誰だったんだ……他国の王か? 今となっては永遠の謎だが、今更どうでも良い。

 それから話は進んで、俺が200歳の誕生日を迎えた日。人生で一番のどんでん返しが起きた。魔王の図らいとやらでパーティーがあった事だけでも既に驚きだったが。
 母上? ああ、参加が許されたのは俺だけだよ。

 全く望んでいないのに、俺はいきなり表舞台の中心に立たされた。何が起きたかは、今までの話で想定はつくだろう。
 そう――俺は何故か、先代から次期魔王にすると宣告された。己の誕生日パーティーとは言え脇役でしかなかった俺は、もうすぐお開きになるって時に、唐突に主役に抜擢された。
 威圧しか感じない、息苦しい空間からようやっと解放されると思ったのは馬鹿だったな。居心地はもっと悪くなった。

 騒然とした城内で一番煩かったのは、言わずもがな妾。それはもう喚き散らして泣き叫んだ。
 王に突っかかったと思ったら、その場でへたり込んで――騒音を物ともせず立ち去る王の背を恨めしげに睨みながら。

「許さない……何故私の子でないの……正妻の子というだけで、何故先に生まれた我が子を無視するの陛下……」

 騒ぎの原因が消えると、その怒りの矛先は俺に向けられて。あの時は本当にひやりとした。誰も妾を止めない上に、使用人達は我関せずと片付けを始めて……誰にも、割って入る度胸も意思もなかった。只管に面倒だった。

「お前の所為だ! お前が、お前がいるから! お前など生まれなければ良かったのに! あの時殺せば良かったんだ!」

 とうとう、そう口走る始末。最早俺がどうにかして解決するレベルじゃない。かと言って、その息子も俺の役には立たない。何時でも自分達と母が中心だ。

「殺してやる……陛下も、お前も、妃も……その地位を奪ってやる……! 次期魔王は私の子だ! そして私は王の母として君臨するの! この国を統べるのは――私の子でなくてはならないのに!」

 どす黒い魔が見えた。ネジが一本飛んだとかってものじゃない。その思考は完全に塞がれ、捌け口は俺を睨める。鬱陶しい。
 変わってしまった妾を見て、あいつらが口々に俺を責め立てた。

「畜生……お前が選ばれた所為で、母上は気が狂った! 絶対に許さない!」
「そうだ! 本来なら兄上がなる筈だったんだぞ! それを、お前なんかに……人の地位を横取りしやがって! 一体どんな手を使ったんだ!」

 だから何だってんだ。俺の所為じゃない。お前等が勝手にショック受けてるだけじゃねえか。だったら代わりにやれよ。俺はどんな手も使ってない。と、半ば冷酷に文句を零す。勿論、内心で。
 俺だって魔王に言ってやりたい。何故俺を選んだか、何故あんなタイミングでそれを言うのか。遊びか、本気か。
 巫山戯るな。俺を振り回すだけ振り回して、自分は高みの見物か。今まで散々あいつ等に媚売っといて……――待て、よ? まさか、まさか――

「まさかこのようになるとは――今までの非礼はお詫び致します、次期魔王陛下」
「わ、私は信じていましたとも。必ずや貴方様が世継ぎになると」

 ヒステリーを起こした妾は息子と使用人に引きずられ、意識なくそれを見つめながらある事を思い出してしまった俺を、片付けを終えたらしい別の使用人等が取り囲む。
 媚を売るのは寧ろこいつらだな、と俺は冷ややかにそいつらを見回した。昨日までとは明らかなる言動の変貌。開き直りかよ。

「ささ、早く城の最上階に。いずれあの部屋は貴方の物となるのですから」

 一人が俺にそう言った。今夜は魔王の居室に行けだなどと、取って付けたような提案を受け入れろとでも言うのか、こいつ。俺は即座に断った。

「いやあ、貴方様がいて下さって良かった。王妃様もさぞお喜びでしょう」
「とてもご立派ですよ次期陛下」

 何にも解っちゃいない。母上はそんな事は望まなかった。とうの昔に期待は捨てた。なのに、こいつらは。第1子が生まれてから、進んであいつ等と一緒になって、妾と言う盾を得て俺等を冷遇してきた奴等は。

「妾様の嫉妬などお気になさる必要は御座いません。気を引きたい駄々っ子みたいなものです」

 その一言は、ただでさえ彼等に対してない信頼を更になくす決定打となった。嗚呼、妾も子供も取り巻きも皆、邪魔だ。

 ところが事態は更に急展開を迎える。俺がどんなに抵抗しても、妾等がどんなに訴えても、先代は決して世継ぎを変えることはなかった。その最中の一ヶ月後に、闘いはいきなり終わった。
 あの日、俺が次期魔王だと言い渡されてから、城内での俺等の扱いはあれよあれよ言う間に劇的に変化した。翌日には地下室を脱して、城に自室が設けられ、晩餐も食堂で摂るようになった。
 ずっと見守ってくれていた爺やも、そして母上も、俺以上に大層喜んだ。……それはまだ良かった。それまでは。

 その晩、未だ食堂で食事する事に慣れない俺は浮かない顔で席につき、淡々と物を口に運んでいた。
 向かいには高慢な態度を崩さない妾等がいて、それはもう気分が悪くなる程だった。どんなに美味しいものも不味く感じるってのはかなりの苦痛でな。
 やっとデザートまで食べ終えた俺は鬱々とした気持ちで、そこで初めて周囲を見渡した。そして――異変を見た。
 食事の余りのスピードの遅さを怪しんだ使用人が、悲壮感露わに声を荒らげる。

「嗚呼、陛下! 王妃様!」

 死んだ。二人が。死んだというのは結果論だが。その時はまだ、辛うじて息があった。
 別の使用人が中身の減っていないスープを疑い、臭いを嗅ぐ。その嗅覚が、僅かに別の香りがある事を察知。次の一言に俺は思わず立ち上がった。

「これは、毒物では……」
「!? なんて事だ、一体誰が――」

 ざわつく食堂。俺は一人立ち尽くす。そして、不敵な笑い声が場を占拠した。嗚呼、そうか――こいつが。
 妾はすっかり気が触れている。それが彼女の没落を早めた。使用人等は段々彼等の我儘に抵抗し始め、今やただの厄介者と化していた。表面上は「妾様」「殿下」と習慣で敬っているが。

「ざまあみろ。陛下と妃が死んだのはお前の所為だ! あははははははははは!」
「悔しければ今すぐ俺に王座を譲るんだな! 命乞いしたって殺してやる!」
「まさか、妾様が毒を!? 何故!」
「煩い、お前等に母上の事をとやかく言われる筋合いはない! 奴等を疎んじていたのは同じじゃないか!」

 使用人が責めると、子供が口を挟む。そして彼等は反論を諦め、俺に決定権を振る。

「次期魔王陛下、貴方には彼等を裁く権利――いや、義務がある」
「戯れ言を! 私達は決して偽の王なんぞに屈しない! 私がやったから何だと言うの、誰も裁けはしないわ!」

 誰も裁けない――そんな下らない自信が一体何処から来るのか、俺はただただ不可思議だった。偽物だという部分には、珍しく妾に同意するが。

 二人は医師の努力虚しく翌日死んだ。昨日の時点で致死量の毒が体内に溜まっていたらしい。
 葬儀はひっそりと、灰色の空の下に行われた。妾等は弔いもしなかった。死んで当然だと嘲笑っていた。

 自分がいまいち魔王になる自覚を得られない俺に、休む間もなく仕事は舞い込む。次は犯人の処分だ。
 三日三晩考え、爺やのアドバイスを受けて、俺は裁きを下した。
 王子であるリーナルとターチェスを王族から除籍し、妾含む三人を追放。あいつらは相当な暴れっぷりで抵抗したが、庇い立てする者は誰もなかった。

「たかが正妻に生まれただけで……その子供如きに、我等がこんな仕打ちを受けるなんて!」
「これで勝ったと思うなよフィリー! 俺等を追い出して、さぞかし清々するだろうな! 生かした事を後悔させてやる!」
「恨んでやる、憎んでやる、お前を、一生……! 私はただの妾なんかではない! 正妻よりも先に陛下の子を成した! 優遇されるべきは私だ、我が子だ! お前なんかじゃない、断じて、お前じゃ――」

 各々が思うだけ捨て台詞を吐いて、嵐は城から消えた。何の感慨もない。俺は次の仕事に取り掛かった。今いる使用人の解雇に。
 爺やに指示し、使用人等を謁見の間に集める。彼等に衝撃を与えるにはたった一言で良かった。

「それは、我等が妾様に近しい使用人だったからですか? 横暴だ、突然暇を出すなど……今は貴方に服従しているでしょう!」
「私達は被害者です! 妾様に脅迫された、何故こちらが悪いのですか! 何が悪いんですか!」
「そうです! 彼等についていた使用人が一体何人いると」

 必死になって回避しようとする様は悪いが滑稽だった。遮って俺は言う。

「既に新しい使用人を雇う事が決まっている。爺や以外はクビだ」
「な、何と……」
「安心しろ。次の職場の候補は示してやる。何処でも好きな所にいけ」

 人の上に立つなら飴と鞭を使いこなせ。爺やに教えられた事を、俺は俺なりに実践した。
 思えば、暇な時に母上や爺やに勉学を教授して貰った程度で、まともな教育は受けてない。帝王学なんて、無論知る由もない。

「……勝手な、事を……!」
「生憎、俺を蔑ろにしてきた奴等をそのまま雇う程、度量は広くない。黙って従え」

 余程受け入れ難いのか唇を噛む奴もいた。そんな姿を晒したところで、決定は覆されないのに。

「魔王直々の斡旋が要らないならそれでも構わん。ツテがあるならそれを頼れ。話はそれだけだ」

 最後に一言残し、俺はその後を爺やに委ねる。幾つもの視線が俺の背に付き纏うが、俺はそれらを断ち切った。と言うよりは、爺やの言葉が断ち切ってくれた。

「……では各自、これより早急に私物を纏めなさい。支給品は一つ残らず返却するように」

 一週間もすれば、かつての使用人達は全て外に出た。俺は爺やと共に、新しい使用人達を受け入れる準備を自ら進める。
 そして爺やによるスパルタ教育が終わり、彼等が城に馴染んだ頃。俺は正式に即位式を行なって、マロンシェード国の魔王となった。

*************

「かなり端折っているが、まあ大体こんなもんだ」

 嗚呼、喉が疲れた。冷めた紅茶を一気飲みし、あっけらかんとして言う。
 夜空に燦々と輝いていた月光は、次第に世界を太陽へと譲り始めていた。長話が漸く終わり、フィリーはソファーで完全にだらけている。

「そうだったんですか……先代のマロンシェード王とは、儂もあまり交流した事はありませんが」
「彼は本当に考えの読めない人だったからね。しかしまさか、君の家がそんな事になってたとは」

 夜明けの明るさのお陰か、重苦しい空気はない。ただ静かであった。

「彼は最初から、君を後継者にするつもりだったんじゃないのかい」
「だろうな。先代の意図なんて今更どうでも良いが」
「では、あの騒動のリーダーは、その兄弟のどちらか、という事ですか」

 あれは兄貴の方だ。弟は裏で活動してる。天性の口の巧さを使って、自分達が一番軽蔑している貧困層やらから適当に人数を集めてレジスタンスを組んだ。そこまで話して、フィリーはソファーに横たわった。

「判っているなら何故潰さない?」

 アルセールが物騒な物言いで尋ねれば、そこまで他人に話す義理はないとフィリー。それもそうだと冷静に納得し、二人共それ以上は何も問わなかった。


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