第貮話:第陸頁

 どす黒い闇の中を、手さぐりもせずに二人は進む。会話もなく、琴線が張った空気を醸し出している。細い路地を渡りきった所、仄かな灯りが視界に映った。

「……お頭」
「分かってる」

 奥の薄暗い部屋、野太い声の男達の会話が小さく空を切る。客人を待ち構える態勢は既に整っていた。やがて辿り着いた客が、声を出して場所を確認する。

「此処か」

 その声にほくそ笑みながら、招いた客を待ち構える。薄明かりの中に子分を潜ませ、客人を取り囲み袋叩きにする。それが屋敷にやってきた者への対応の一つだ。

「ようこそ、クロイ家へ」

 決して視界は明瞭ではないが、最低限顔が判れば構わない。クロイは設置された椅子に座り、両手を広げて歓迎する。

「……其方がこの屋敷の主か」

 こちらを見下した尊大な態度に気がつきながらも、天禰は至って冷静に事を運ぶ。

「そういう客人は、此処へ一体何をしにきた?」

 鼻で笑いながら、クロイ家の長が尋ねる。

「さぁ、何故だろうな」
「なっ」

 まともな返答を捨てた天禰が惚けつつそう語ると、屋敷の主とは違う人間の声がする。主はただ黙ってこちらを値踏みしていた。

「貴様っ、あの時の事を忘れたとでもいうのか!」

 潜んでいた子分の一人がずいと出てきた。どこかで見たような気がしなくもない、そんな顔だと二人は判断した。

「あの時……はて、其方と何処かで会ったか?」
「……っ、てめぇ!」

 またも天禰がわざと素知らぬふりをすると、悔しげな怒声が降ってきたが。

「黙れ」
「お、お頭?」

 鬱陶しそうな表情で、主人は唐突に視界を遮った子分を一喝する。

「客人と会話しているのは俺だ。お前は出しゃばるな」

 顔を歪めながら、子分の一人は大人しく後方へと下がった。やれやれ、と掌を天に向け、呆れた声でクロイが言う。

「すまんなぁ客人。さて、本題に入ろうか」
「構わん」

 椅子から立ち上がると、彼は漸く話を進めた。

「昨日、あの古臭い町でこいつらを可愛がってくれたらしいじゃないか」
「ほう、そうか」

 他人事のように返答を続ける天禰に怒りを覚えたのか、高台にいたクロイがこちらに近づいてくる。やがて頭上に未だこちらを小馬鹿にした面があった。

「お陰で怪我を負った奴がいる……どうしてくれるんだ」
「一体何の事だ。私は何もしていないが」

 最早ここまで来ると、本気でボケているのかわざとなのか区別がつかない。真顔で天禰が問うと、彼はとうとう怒りをはっきりと剥きだした。天禰の胸倉を力一杯掴み、威嚇する。

「貴様……いい加減にしろ。お前以外にどこにいる」
「おや、そうか。うっかり失念していた」

 嘲笑しつつ天禰は今気付いたという態度をとる。その笑みは何とも言い難い暗さを孕んでいた。

「だがその怪我とやら……真ではないな」

 胸倉を掴まれたまま、天禰は黒さを孕んだ瞳で睨める。クロイが途端に焦り否定する。

「は、馬鹿を言うな。嘘をついているとでも」
「私には其方の顔にありありとその言葉が浮かんでいるように見えるが」
「……巫山戯るな」

 怒りの余り、掴んでいた胸倉を力任せに投げ飛ばそうとしたが思うように子供の体は動かず、行き場のなくなった手を力一杯拳に変えた。
 天禰はと言えば、特に表情を崩す事もなく、皺が出来た部分を落ち着き払って伸ばす。

「何時までそんな態度でいるつもりだ」

 青筋を浮かべ、クロイが天禰に問い質す。最初は二人を余裕ありげに見下していたものの、天禰の言動と振る舞いに耐え切れなくなったようだ。

「私は巫山戯てなどいない。強いて言うなら、其方達を試していたのだ」
「それを巫山戯てるって言うんだよ、糞ガキ!」

 天禰が彼等に厳しい視線を向けた。

「寧ろ巫山戯ているのは其方達ではないのか。黒井よ」
「はぁ?」

 天禰はクロイを見上げ――いや、見上げてはいるが、雰囲気としては寧ろ彼等を見下ろしていた。その瞳は、ただの子供が持つようなものでは決してなかった。


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