第貮話:第肆頁

 翌日。何時もの優雅な朝の起床とは程遠い騒がしさで目が覚めた。

「主神! 大変です」
「何だ……煩いぞ」

 家臣の必死さに合わせ、起こしたくない体を無理矢理剥がす。まだ視界が上手く映らない。

「食卓にこんな文が」
「文……?」

 差し出された薄い紙を手に取り、まじまじと見つめる。照前の表情が芳しくないのは恐らくこれが原因なのだろう。そなどという悠長な考えは文面を理解した途端に喉の奥へと引っ込んでいった。

「何だこれは。来栖は何処にいる?」
「残念ながら既に此処にはおられません」

 納得出来る答えを得られなかった事と己の失態を恥ず余り紙をぐしゃりと潰すと、こうしてはいられないと部屋を飛び出す。確認の為に、目の前の来栖の部屋へ足を入れる。家臣の言うとおり姿はない。次に、3人がよく集まる食卓へと向かう。此処もやはり、姿はない。

「嗚呼、私が早く行動出来ていれば」
「私が起きた時には既に」
「と言う事は……」
「ええ。もっと早く、日が明けきらぬ内にでしょう」

 天禰が顔を覆い天を仰ぐと、照前がとにかく思い当たる節を探しましょうと呼びかける。今は落ち込んでなどいられない。

「しかしこの文、何と品がない」
「主神、そんな事を気にかけている場合ですか。ほら、行きましょう」

 玄関の扉を開けながら照前が鋭く突っ込む。ぐしゃぐしゃになった紙を見つめ、天禰はするりと家を出た。後方にこちらを見ている眼が幾つかあるのを、二人はまだ知らない。

*************

 森を抜け、町へ出る。昨日と同じく賑やかだった。しかし、目当ての人物は何処を見ても見当たらない。働いているという店にも姿はなかった。
 何処へ消えたのだろうか。置き手紙には何も居場所と思しきものは書かれていなかった。それも向こうの策なのか。此処にいないのなら、町を出て周辺を捜索しなければなるまい。同時に、この文を書いたのが誰なのかも知らなければならない。この文と背後にいるであろう首謀者、その目的を知り、必要に応じた対応をしなければ。

「この通りを真っ直ぐ行けば良いのだな?」
「ええ」

 天禰が振り返り確認する。照前が首肯すると、前を向き先を行く。やがて、“この先 アラキ”と書かれた木製の立て看板を見つけると、そこでふとある事を思い出した。

「どうしました主神」
「いや……“それ”と思しきものの見当がついただけだ」
「見当?」

 照前が反芻すると天禰は嗚呼と頷いただけで、それ以上口を閉ざしてしまった。照前も追究はしなかった。
 変わらない賑やかさの中をどんどん進んで行く。やがて町を抜け、隣町に繋がるという林に踏み入る。

「どれ位で着くのだろうな、隣町には」
「さぁ、それは判り兼ねます」

 林は静寂に包まれていた。故に、響くのは二人の足音と声だけだった。

「あそこに何やら小さな看板があるぞ」

 先を行く天禰が小さな指をそれに向ける。林に馴染んではいるが、何処か真新しさも感じられる。その看板の先には、草が生えたまま放置されている道らしきものが向こうへと続いていた。照前がぽつりと天禰に言う。

「どうします、主神」
「……行ってみるか」

 言い終わらぬ内に自然と足を向ける天禰。生えさらしの草をかき分け、辛うじて道があると分かる程度のそこを堂々と渡る。静寂だった林が、急にそれを破った。伸び放題の草花の中を進む内に、木々で覆われていた景色が一変する。開けた景観に、一瞬目眩がする程の眩しさを覚えたが、しかし道はまだ続いているようだった。緩んだ足取りをまた元に戻す。

「何処まで続くのでしょうね、これは」
「さぁな……続く限り続くのだろう」

 照前が遠まわしに愚痴を零すが、天禰は張り合いのない返答をしただけだった。というよりも、そんな事になど気を持って行っていないと言うのが正解だろうか。ずっと遠くを見つめている。
 あの先には何があるのだろうか。行き止まりか、それとも全く別の町に繋がっているのか。歩いていく内に、段々と道である事がはっきりしてきた。それを幸いに、何処に辿り着くのか想像に任せて思案している。


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