第貮話:第参頁

「なっ、何だお前ら! どけ!」
「退きません」
「お前らも痛い目にあいてぇのか!」

 割り込んだ天禰達を交互に睨み付け、驚きながらも力に任せて叫ぶ。クルスすらも突然の事に目を白黒させている。

「今すぐお帰り頂けないのなら、貴方達こそもっと痛い目に遭いますよ? ……さぁ、お引き取りなさい」

 照前が冷ややかに忠告する。男達はその一声に為す術が分からず、遠吠えをするだけして脱兎の如く消え去った。
 町が平然を取り戻すと、町民がクルス達を囲む。皆が口々に感嘆や賞賛の言葉を漏らす中、感極まって泣き出す者もいた。二人は困惑しつつも、へたり込んだクルスを立たせ。ごほん、と勿体ぶったように軽く咳払いをし、照前が集まって来た町民達に尋ねた。

「先程の輩は一体何なんですか? 良からぬ雰囲気を感じましたが」
「隣街の一番の金持ちに雇われているヤクザじゃよ」

 集団の奥の方、老人らしき声が答えた。町民が一斉にそちらを向く。

「……失礼ですが、貴方は」
「嗚呼、済まぬ……儂はこの町の町長をしておるヒメノじゃ。お二方、それにクルス、感謝する」

 か細い凸凹な杖をついた町長が道を空けられゆっくりとこちらにやって来る。

「私は天禰、こちらは照前と申します。……それで、隣街のヤクザとは?」

 自己紹介を簡単に終わらせ、続きを促す。何時も笑みを湛えている彼女の厳しい表情に驚いたからか、何時にも増して声は真剣味を帯びている。

「それについては……クルス、お前が話してくれるか」
「え、あ、はい」
「此処で立ち話をするのもあれじゃろう。オオノの店に行きたまえ」

 何故か町長は明言を避け、彼女にその役割をやんわりと押し付けた。突然話に引き出され、うっかり油断していたクルスは頼りなげに返したが、町長は構わず笑顔のままだった。

「そうじゃクルス、今日は久々に店に酒を飲みに行くとオオノに」
「はい、分かりました」

 クルスが答えると、町長は満足そうに小さな足運びで帰った。

「そう言う訳だから店戻ろうか、二人とも」

 クルスが何時もの笑顔に戻り、二人に笑いかける。態度を訝しげに思いつつも、3人は店へと向かう。
 扉を開けた途端、店主であるオオノがクルスに向かって駆けてきた。

「クルス! あんた大丈夫かい?」
「大丈夫だよ。ご免なさい、心配かけて」
「はらはらして倒れるかと思ったんだよ? 嗚呼もう、無茶は止めとくれ」

 それよりも、と、クルスが町長よりの伝言を告げる。

「町長さんが夜来るって言ってたよ」
「あら、そうかい。わざわざ済まないね」

 言いながらオオノはカウンターの奥へと消える。クルスは何処か置いてきぼりの二人を、朝とは違いカウンターに近いテーブル席へと誘う。

「隣街の場所から説明するね。おばさん、書くものあるー?」
「あいよ、これ使いな」
「有難う」

 呼び掛けると、待ってましたとばかりにオオノが古ぼけた地図とペンを渡す。手渡された地図を二人に向ける。

「地図って言ってもこの辺のだけどね。えーと、この右寄りにあるのが此処、その横の真ん中にあるのが私達が言う隣街だよ」
「割と近いんだな。離れているのかと思ったが」
「そうだねー、林を抜ければ直ぐだし」

 まじまじと地図を見詰める天禰が率直な意見を述べ、彼女がそれに頷く。

「でも、此処と違って、物凄く活気があるし、観光客や移住者も多いらしくて、何て言うか……一歩飛び出てる感じかな」

 何処か切なげにクルスが言うと、二人はこの辺りは経済的な差があると理解した。

「まぁ、だからと言って周りから羨まれているのかと言うとそうじゃなくて、逆に良く思われてないの」
「何故だ?」

 一呼吸置いて、説明が始まった。
 隣街――アラキは、この辺りでは一際経済的に優れている街として知られている。良い印象を持たれている訳ではなく、一部の行動によって街が悪く思われているのが現状。
 その原因であるとされているのが、街一番の金持ちであり、政にも幅を効かせているクロイ(黒井)家であった。財に物を言わせ無闇に土地開発、ライバルと思しきものは叩き潰し、裏ではヤクザを雇ったり。情報が渡る度に、周辺は敵意を露わにしてきた。金で全てを潰す奴――そう言われている。

 数年前までは縁もゆかりもない遠く離れた地域に、恩着せがましいと言いたくなる開発を展開していたのだが、最近はその矛先がこの辺りの町々に向けられている。開発の大体は自然を取り壊して遊戯施設や大型店舗を建設する事だ。それは狙い所が近場になった今も変わる事はなく、唯一大きな変化をしたのは壊す候補に町自体を入れた事であった。
 相手が何であろうと容赦ない押し切り方は、誰しもが反感故に拒否し続けるが、既にその開発により消えた町村もある。この町の北にあった農村などがそうだ。そして今の標的が、このクルス達の町。
 温和に話が進むのはほんの一瞬。当主であるクロイは一度顔を出すだけで断るとヤクザを使い飽きもせずに嫌がらせを続ける。返答はイエスしか認めない強情であり、意見も聞かずにいきなり開発を進めた事もある。まさに今この町は、開発の話をふっかけられてそれを断り、嫌がらせの真っ最中であった。
 ――此処まで話し終わると、天禰と照前は揃って眉間に深いシワを作った。誰が聞いても良い思いなどしないだろう。

 外はもう日が暮れていた。この店が喫茶店から居酒屋へと変貌する時間だ。開店してから数分もすると、店は酒の匂いと世間話で埋め尽くされた。天禰達はカウンターの席へは座れず、店の奥の方へと追いやられた。クルスは朝と変わらず、屈託のない笑顔を振り撒いている。

「一日中働くのですね、来栖さんは」
「ふむ。私とは違うな」
「自覚があるのなら真面目になさったらどうです」

 この賑やかさで聞こえないだろうと確信してぽつりと天禰が呟くと、目ざとい一言が頭上から届いた。顔を即座にしかめると、照前が溜め息を吐いて見習ったらどうですかと更に嫌味を漏らす。聞かなかった事にして顔を背け、店の賑わいに視線を戻す。大体、やる事は最低限やってるのだから文句を言われる筋合いはない。余計な世話だ。
 と、仕事の合間を縫いクルスとオオノが二人に向かってくる。どうしたのかと問う前に、オオノがこっちに来いと手招きする。誘われるがまま、木製の扉を開くとそこには立派な生活空間が広がっていた。

「とりあえずあんた達だけでも先に食べな」

 そう言い、キッチンのテーブルに置かれてある種々の皿に盛られた晩御飯らしきものを指す。

「……夕餉もこちらで?」
「うん、忙しい日はそうなの。さ、早く座って!」

 言われるが儘に天禰達は食卓へと座り込み、クルスのする様を見よう見真似で行う。周りの雰囲気を垣間見ていると自分達だけのんびりしているのは可笑しい気がして、早々と二人は夕餉を終えた。
 数時間後、閉店の時間を迎える。天禰には慌ただしい1日がようやっと終わりを告げた気がした。


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