第貮話:第貳頁

 様々な会話を聞き取った結果判断するに、この町に飲食店は此処しかないらしい。どうりで人が絶えない訳だ。
 午前中の最後の客を見送った後、クルスは支給されているエプロンを脱いで奥へと入っていった。今から二時間は自由に過ごせるらしい。彼女と店主らがカウンター席に向かってきた。両手には賄いの盛られた大皿を持っている。

「はい、どうぞ」

 クルスが真っ先に天禰達の席へと皿を置く。困惑気味に天禰はそれを見つめていた。次いで席についたクルスにも皿が置かれる。全員分の皿が置かれ皆が席につくと誰からともなく両手を合わせる。天禰と照前も雰囲気が飲み込め、同じようにする。賑やかな昼食が始まった。

 片付けを終えると、クルスが天禰達を引っ張って外へと向かう。

「町を色々案内しなくちゃね」

 そんなに大きくないからすぐ終わっちゃうかも、などと、相変わらず笑顔を絶やさぬまま天禰の手を引き店の扉を開く。当惑しつつ、天禰も照前も彼女の後をついていく。

「さて、通りを歩こうか」

 クルスが顎に手をあて計画を簡単に練る。照前は天禰の後ろで忙しなく視線を動かしていた。しかし間に挟まれた天禰の表情が芳しくない。気付いたクルスが、体を少し屈めて問い掛ける。

「あれ、神様どうしたの?」
「……手を……」

 顔を何処か恥ずかしげに俯け呟く。クルスは訳が分からなさそうに天禰を見下ろす。一杯一杯な気持ちを必死に抑え、天禰が言葉を編んでいく。

「その、手を……離して、くれないか……」
「手? ……もしかして、恥ずかしいの?」

 意地悪くクルスが微笑みながらそう言うと、図星を突かれた天禰が勢い良く彼女を見上げる。

「そっ、そんな事は……無い、が」

 言い終わると、今度はふいと顔を横に向ける。内心その様子を可愛いと笑みながら、クルスは掴んだ手に力を入れた。天禰が飛び上がらんばかりに驚く。確信犯めと密かに毒づいてみたが、しかしそれにも増して羞恥の気持ちが止まらない。

「大丈夫だよ、神様」
「……煩い」
「そんなに膨れないでよ、ね?」

 クルスが苦笑しながらも膨れっ面の彼に請うと、仕方ないな、と言いながら天禰は遂に折れた。クルスが有難うと笑みを零すと、天禰もそれに答えるように精一杯の照れ笑いを返した。そうして三人が小さな町の中心までうろうろと歩いていると。

「おいコラァ、町長を出せ!」
「早く出せ! 今日こそ返事をしやがれ!」

 凡そ平和なこの町には似つかわしくない、野太い男達の声がする。彼女の笑顔が消え途端に手を離したのを見、天禰は何事かと窺う。後ろで二人が呆気に取られているのを見向きもせず、クルスは真っ直ぐに声の主へ向かった。天禰が咄嗟に手を伸ばすが、届く事は叶わなかった。
 一方、人々が奇異な目を向けるのも構わず声の限り叫ぶいかにもな集団は、小娘がこちらに向かって来る事に気付き、邪悪な笑みを零す。彼女は不気味なそれにも負けじと男達の前で立ち止まる。声は聞こえにくいが、神の予感でなくともこの先余り宜しくない状況が起こるだろうと考え、照前と共に近寄る。
 か弱い少女が一人で成人した男数人に頑として向かう姿は、誰が見ても余りに非力に映った。ただ、だからと言って住人達に代わりに立ち向かう勇気がないのもまた事実だった。

「また貴方達ですか。いい加減諦めて下さい」
「ほほう、これはまた威勢の良い嬢ちゃんだな」
「何度来たって無駄です。町長さんは返事を出したでしょう!」
「届いてねえから確認に来てやったんじゃないか、なぁ?」

 端から真面目な話などする気のない彼等は、偉そうな奴がそう言うと嘲笑して頷いた。クルスが悔しげに唇を噛む。全く話の見えない天禰達は、ただ様子を見ているしかなかった。

「この間も同じ事言ってたじゃないですか! 無視したのはそっちでしょう! なのに」
「おっと、嬢ちゃん。お喋りが過ぎたな」

 変な事を口走られたらいけないと、短剣の切っ先が彼女に向けられる。持っている素振りを見せていなかったので、まさか武器があるとは分からなかった。後ろの奴らもそれぞれ拳やら短剣を向ける。
 クルスは目を見張ったが、脅しには屈しない。だが町民はそれだけで奥に引っ込んでしまい、扉の隙間からそっと覗き込むだけ。

「誰も呼ばねえなら嬢ちゃんが町長を呼んで来いよ。許してやらんでもないぞ」
「お断りします」
「……あぁ、そうかい。実に残念だ。残念だよ嬢ちゃん……」

 あっさりと提案を蹴り返され酷く落ち込んだわざとらしい演技をしたが、彼女が何も動じないのを見ると目の色を変えた。

「素直に従ってりゃいいものを……お前ら、やれ」

 男が顎でクルスを指すと、後ろにいた数人が無言で襲い掛かる。しかし、クルスの視界が急に暗くなり、来る筈の衝撃が来ない。それ所か、後ろにいたらしい誰かに腕を引っ張られ体勢を崩した。
 慌てて周囲を見渡すと、後ろには天禰、庇うようにしているのは照前だった。男達は吹っ飛ばされ、突然の他者の乱入に怒り狂ったり吃驚したりと幾様にも反応を示していた。


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