第貮話:第弌頁

「さて、町に行ってくるかなっ」
「近くに町があるのか?」
「うん、此処からすぐに行けるよ。あ、何なら二人も一緒に行く?」

 驚きを露わにした天禰に、クルスは唐突に誘いをかける。二人は困惑しつつも、興味本位からその誘いに乗った。
 家を出て五分と経たぬ内に、町の景色が広がる。空が青々と広がっていた。

「中々こぢんまりとしているな、此処は」
「うん。でも暮らしやすくて私は好きだよー」

 町の何処に行くのか知らされないまま、先頭を歩くクルスの後ろに二人がぴったりとくっついている。もの珍しげにあちこちを見回す二人を垣間見つつ、目的の場所を見つけたクルスは一直線に駆け込む。

「おばさーん、来たよー」

 戸を開けて、家主に呼び掛ける。それに気付いた天禰と照前が、慌ててクルスのいる方向に駆け込む。

「そこに何か用があるのか?」
「うん。此処は、喫茶店兼居酒屋なんだけど、私が働いてる店なんだ」

 年若い少女が町で働いている事を知り、天禰と照前が素直に驚く。――その直後。

「遅くなって済まないね、お早うクルス。他の声もしたけど誰かいるのかい?」
「お早うおばさん! あのね、会わせたい人がいるの」
「そりゃまた急だね、一体――」

 ふと、天禰達と店の店主との視線がかち合った。それを察したクルスが、天禰達を前に押し出した。

「そう、この人達に会わせたくてね、小さい方が――」
「天禰です」
「有難う! で、こちらの方が」
「……照前と、申します」

 昨日突然私の家にやって来て一緒に住む事になったんだ、といたく嬉しそうにクルスが補足すると、店主は怪訝な顔つきでクルスを呼び寄せた。

「ちょ、ちょっと、大丈夫なのかい? あの人達。幾ら何でも唐突過ぎるよ」
「へ? ……別に悪い人達じゃないけど……」
「あのねぇ、仮にも女の子なんだからその辺気にしなきゃ駄目だよ」
「大丈夫、きっとおばさんも良い人達って思うよ、ね?」
「仕方ないねぇ、あんたがそう言うならとりあえず信用するよ」
「有難う!」

 店はそれ程広くはないので話の内容はだだ漏れだったが、一通り終わると嬉々としてクルスが置いてきぼりの二人を呼び寄せる。何か照れ臭そうな表情のまま、二人はクルスを挟み店主と対峙した。

*************

 そこから約一時間。店が開店し、忽ち店内は常連客で賑わう。天禰達はカウンター席の端に座り、クルスの働きぶりやこの町の人間がどんな者か観察する事にした。

「クルスちゃーん、モーニング2つー」
「はーい、少々お待ち下さーい」

 忙しなく店内を動き回るクルスを見て、照前が密かに感心する。

「中々良い働きですね」
「そうだな」

 天禰は何処か微笑ましげにクルスの動く先々を見ていた。その視線の動き方を見、照前も微笑む。

「良い方に出逢えましたね、主神(おかみ)」
「……嗚呼、そうだな」

 笑顔を絶やさないクルスを見ていると、不思議と幸せな気持ちになる。それは客の皆も同じに分かっている様で、クルスとたった一言二言交わしただけで満足そうな笑みを零している。
 感心していると、カウンターから何か固い物が置かれた音がした。朝食だろうか。

「あの子は何時も朝食を食べずに来るから、あんた達も食べてないだろ? このサンドイッチ、先に食べちまいな」

 二人が言葉を返す隙もなく、店主はまた業務に戻っていった。目の前に置かれた三角形のそれを遠慮がちに取り上げ、一口二口と含む。

「……ふむ、中々美味だな、このサンドイッチとやらは」
「そうですね。挟まれている野菜も歯ごたえがありますし」

 好き勝手に評価していると、時間に余裕が出来たのかクルスが声をかけた。

「あっ、二人とももう食べてるの? おばさーん、私もー」
「はーい。ほら、丁度出来たよ」
「有難う! いただきまーす」

 何も言わず自然に天禰の隣に座り、クルスは店主から皿を受け取る。

「何時も朝はこうなのか?」

 天禰が今まさに食べようとしている彼女に疑問をぶつける。クルスは食べながらも天禰の問い掛けに頷き、そうだよと言った。

「中々時間が取れないからさ、ほぼ毎日朝は此処だよ」
「そうか」
「大変ですねぇ、来栖さん」

 天禰と照前がそれぞれに反応すると、クルスは笑って、そんな事ないよと謙遜する。

「単に朝早く起きれないだけだしね」

 そう言うとシャキシャキとレタスの食感を鳴らし美味しそうに頬張る。それでも十分時間は早いと思うと天禰が言うと、クルスはそうかなと小首を傾げ、最後のサンドイッチを食べきった。


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