王女様と誘拐事件:Page.05

 昔々、エルナが10歳にあと僅かと言う頃。王宮は1ヶ月後に行われる王女の誕生パーティーの準備で慌ただしく過ごしていた。

「エルナ様、御誕生日パーティーのドレスはどんなものが宜しゅう御座いますか?」
「んーとね……動きやすいのと、明るい色がいい!」
「ふふ、畏まりました」

 王宮専属の仕立屋を運営する壮年の女性が、にこやかに要望を尋ねる。同じようにエルナも笑って返すと、侍女はすぐさま作業を進める。
 中盤までは嬉しそうに裁断風景を眺めていたエルナが、やがて退屈になったのか、大きな欠伸を一つ洩らした。

「エルナ様、外へ出られては如何です? 今日は良い天気ですのに」
「うん、そうするね! ありがとう!」

 微笑みながら女性が外で遊ぶ事を薦めると、良い案だというように顔を輝かせ、エルナは庭園へと向かった。

「行ってきまーす!」

 屈託のない笑みで部屋を飛び出ると、エルナは一目散に階段を駆け下りて行った。

 その日は快晴で、文字通り雲一つない空だった。エルナは真っ先に庭園の外れの雑木林へ向かう。
 その当時、エルナと同い年の子供は王宮に出入りしておらず、彼女は何時も一人で遊んでいた。年の近い存在というのもいなかったので、必然的に周囲は大人のみ。それでも楽しい事はあるのだが、毎日毎日、しかも見慣れた人間ばかりでは、子供心に身に堪えるものがあった。
 そうして退屈を紛らわす為、または憂さ晴らしの為に、エルナは庭園を抜けた先にある林で一人過ごす事が多くなっていった。
 雨の日もあれば勉学や嗜みの予定が詰まっている時もあるので、流石に毎日という訳にはいかなかったのだが。
 それを誰も咎めなかったのか、と言われると、そうではない。特に元老達は、まだ幼い王女を一人にしておくなど無責任だと王に忠告する位気にかけていた。
 それでも表立ってエルナに告げる者はおらず、暗黙の了解として誰も付いていく事はなかった。
 彼等の気遣いを察していたかは知らないが、それらがあったお陰で、エルナとしても心おきなく城を飛び出して外の空気を堪能する事が出来ていた。

*************

 自然は良い。何かと新しい発見がし易く、エルナにとっては格好の遊び場だ。
 王宮に木々や花々がある事がとても嬉しくて、昆虫を追いかけては草むらで寝ころんだり、気が付くと夕方になる事が殆どだった。

「あ、そうだ!」

 今日は少し遠出をしようと唐突に思い立ったエルナは、林を通り抜け、王宮の南端にある非常用の裏門をよじ登ると、更に道を行き王宮の敷地内から外に出て行った。

「ほんのちょっとだけなら、大丈夫よね」

 そう自身を納得させ、エルナは王宮の周辺を一回りする事にした。

「うーん、結構遠いなぁ……」

 左右を確認するが、樹木に邪魔されているからかはっきりと角が見えない。一瞬、ひらめきを撤回しようと心が後ずさりするが、それよりも大きな気持ちが足を推し進めていく。

「ええい、行っちゃえ!」

 迷った気持ちを振り落とすように走り出すと、すぐにその姿は見えなくなった。


 そうして王宮の外周を巡り続けて半時間。普段から元気の有り余るエルナとて、流石に疲れが見え始めてきたらしい。

「ちょっと、休もう……」

 体の良い大木の太い根に座り込む。若干息があがっていた。

 落ち着いた頃に辺りを見回す。仄暗い空間には、そこはかとない恐ろしさがあった。身震いしても、それは消えない。
 早く回ってしまおう。根拠のない恐怖感に駆られ立ち上がるとそそくさと離れようとする。その背後に、己以外の人間の影があることも知らず。

「………………!」

 足音がしたか思うと次の瞬間には顔に布のような柔らかい何かを押し当てられる。同時に骨ばった手が視界を覆った。誰、と問う間もなく、エルナの意識は途絶えた。


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