王女様と護衛の過去:Page.02

「誰、貴方」

 咄嗟にそんな一言が放たれ、ガルトは面白いといった感じでそれに答えた。

「これはこれは……お姫様。興味を持って頂けるとは嬉しいですねぇ」

 嫌みったらしく敬語を張り付けそう答えると、ジェラルドが厳しく「黙れ」と言う。決して声は荒げない。

「俺はこいつと同郷のガルトってモンですよ」
「同郷……? 故郷が同じってこと?」

 不法侵入などの重要事項より純粋にガルトの存在が気になるエルナは、護衛の知り合いが此処まで来るなんてと感心していた。全く以て危機感がない。

「で、貴方は何をしに?」
「それは……」

 此処で、またもジェラルドが動いた。先程エルナを助けた時よりも速く、ガルトを睨み据え構えた剣を振る。

「ちょっと、ジェラルド?!」

 唐突な護衛の行動に、エルナは困惑していた。ガルトは人当たりが良いとは言えない笑みのまま、身を仰け反らせ素早く抜いた短剣で以てそれを受け止める。キィン、と金属の擦れ合う音がした。

「即刻立ち去れ」
「嫌だ、と言ったら?」

 置いてきぼりのエルナには、彼等の関係が分からなかった。同じ故郷の人間なのに、どうして刃を向けるのか。単に仲が悪いにしては、ジェラルドの態度が可笑しい。
 だが、ただならぬ空気からそれを口にするのは憚られた。割り込むタイミングも分からない。それほどまでに、護衛はガルトに対して関わりたくないらしい事が伝わってくる。
 かと思えば、ガルトの方はそこまで嫌ってはいないようで、時折楽しそうにしている節があった。

「それにしても、お前が王女の護衛をしてるってのは本当だったんだな」
「それがどうした」
「ふん、ちったぁ顰めっ面を止めたらどうなんだ」

 憎たらしいとガルトが付け加える前に、ジェラルドは小競り合いに決着をつけようと動きを止めて。

「何が目的だ、貴様」

 見下していることが明白の台詞にガルトの表情が消える。

「……お前を、」

 何故だかエルナはその先を聞いてはいけない気がした。かと言って、耳を閉じて逃げてしまうことも良くない気がする。揺れるエルナの思考など関係なく、その言葉は虚空を支配した。

「殺す……!」

 悲痛な願いにも聞き取れるガルトの言葉つきに、反射的に駄目と叫んでしまいそうになる。だが垣間見えた護衛の顔色は余りに平然としていて、それが全てを飲み込んだ。

「何もかも奪ってやる……俺は」

 目の色が変わった。纏う雰囲気も刺々しくなった。それでもジェラルドは焦りを見せず、ただ冷酷に彼を見据える。

「それで貴様の気が済むのか」
「ああ、そうだ!」

 エルナが後退しながら二人から離れていく。それ幸いと、ジェラルドも精一杯ガルトに向かう。

「お前の所為だ! 全部、全部!」

 つい先刻までとは違い、その顔にはありありと怒りが見えた。その変わり様も、何がジェラルドの所為なのかの理由もエルナには知り得ない事である。
 ジェラルドは額に汗を滲ませつつも、箍を外したガルトの攻撃に難無く対応していた。見つめるエルナは緊迫感に声を押し殺して佇んでいる。
 ガルトの形相は血気盛んといった感じで、ジェラルドとの温度差にかなり開きがあった。

「……がっ」

 ゴツンというどころではない重たい音が大木に響く。倒れたのは偉丈夫であるガルトだ。彼が一度閉じた目を開いた頃には、喉笛に直接剣先が当たっていた。

「大人しく帰れ、ガルト」

 感情を排除した声音でジェラルドが言う。静けさの戻った空間に、エルナが恐る恐る草を踏み二人に近付く。

「は、俺にそんな物を向けるのか」
「黙れ。立場を理解しろ」

 些か嗄れた声でガルトが見上げると、冷酷な瞳がそれに応える。

「結構なご身分だな。虚仮にしやがって……!」
「王宮に侵入した元犯罪者を裁いて何が悪い?」

 辛辣の度を超えた言葉に唇を噛み締めるガルト。そしてそれを聞いていた王女も首を傾げる。ふと、追い詰められている筈のガルトの表情が和らいだ。

「ふっ、そうかよ」

 隠し持っていた別の短剣がジェラルドの体勢を崩す。そうしてふらついた彼を足で踏みつけ押し倒し、王女へと視線を移す。だが。

「そうはいくか!」

 うっかり駆け寄ろうとしたエルナは、はっとしてまた下がる。行動の先を悟ったジェラルドが即座に起き上がってその足首を掴み、避けきれなかったガルトは土が見え隠れする青草に顔面から突っ込む。

「いい気になるな、よっ」

 痛みに疼く頬に構わず、ガルトは解放されている片足を軸に地面を蹴り上げ、その勢いでのけ反ったジェラルドの横腹を狙う。
 そしてガルトは二人に向かって――しかし目はジェラルドを追っていた――、とびきり芯の通った声で力を見せ付けるように宣言する。

「お前を倒して俺が王女の護衛になる」
「…………!」

 絶句したのはエルナだった。ジェラルドは窺うようにしている。

「地位も名誉も、全てお前から奪ってやる! 出来なければ、王女を攫うまでだ!」

 肩で空気を切りながら、遂に澱む事のない意志が吐き出され、何か吹っ切れたらしいガルトが雄叫びをあげてジェラルドへと突進する。

 攻撃をしたり受けたりを繰り返す。一進一退、互角の様相。
 最初こそ訳の分からなさに混乱していたエルナも、その度数を超えたのか次第に苛々し出す。自分だけ置いていかれている気がして(事実そうだが)、勝手に話を進められて、王女の掌が力強い拳へと変化していく。そして、彼女はとうとう叫んだ。

「やめんかーっ!」

 隠される事のない殺気のぶつかり合いに、堂々と王女の可憐とは程遠い声が割って入る。血気盛んにやりあっていたジェラルド達は、目を見張って彼女の方へ視線を遣る。
 青筋を浮かべた王女にどういう心境の変化が起こったか、エルナを抜きにして剣を交えていた二人には見当がつかない。
 そんな素っ惚けた護衛達に、エルナの口からあるだけの文句が飛び出す。

「喧嘩するなら余所でやってよ! 知り合いだか何だか知らないけどね、いきなり現れて戦い出すなんて有り得ないわ! この無神経!」

 ストレス発散かと思われる単語もあり、尚の事ジェラルド達はぽかんと突っ立っている。その芳しくない反応に更にエルナは叫ぶ。どちらかを非難している訳ではない事は片隅で理解されているだろう。

「とにかく! これ以上戦い続けるって言うなら、此処から出て行って! 今すぐにね!」

 語気荒くそう捲し立て、エルナは文字通りぷりぷりと頬を膨らませた。ややあって、特に手出ししていないにも拘わらず一方的に怒鳴られたと判断したガルトが彼女に対象を移す。

「煩いんだよ、お姫様は黙ってろ!」
「だから何、私を傷付けるって言うの? やって御覧なさいよ!」
「何をっ」

 どちらからともなく売った喧嘩の火蓋が落とされ、睨みあいの末にガルトは王女へとその剣を指し向ける。

「覚悟しろ!」

 彼女は怯えない。凛とした瞳で刃を向ける男に立ち向かう。
 やがてドスっという鈍い音の後、男は倒れた。駆け寄った護衛に鳩尾に膝蹴りをしたらしい様子が見え、安堵と共に危険な行為を窘めようとした。

「こら、勝手に……」
「煩いっ、あんたは黙ってて!」

 途端に彼女に遮られ、渋々ジェラルドは言う通りに従った。

「まずはこいつを誰かに預けなきゃね」

 思ったよりも冷静な一言に、護衛は心中でほっと息を吐く。そして見事に気絶したガルトを引き摺り、二人は衛兵を探した。ガルトの処置は兵達が警察に身柄を手渡した後に決まるだろう。

「後で聞きたい事があるから」

 顔を背けてそう言った彼女の横顔は、何処となく覇気がなかった。尤も、肉体的な疲労を感じている己よりはマシだと思うが。
 ――王女がこれから何を問うのか、考える手間などいらない。


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