王女様と護衛の過去:Page.01

 雨天の続いた空は、溜めていた鬱憤を晴らしたかのように見事な蒼に輝いていた。

 引いていた風邪も治りすっかり元気になったエルナは、こちらが釣られて笑んでしまう位に顔一杯に嬉しさを込めていた。

「庭でお茶なんて最高! お菓子も美味しいし」

 エルナは上機嫌で右手を菓子皿と口元の間で忙しなく動かす。
 護衛は用意された紅茶にほんの少し口をつけただけで、後は呆れた様子で王女の食の進み具合を眺めていた。

 全く良く食うよな……幾ら1週間ぶりとはいえ、適度さの欠片もない食べっぷりだ。まさに色気より食い気。
 眠たげに眼を細めて、陽光を浴びながら椅子に凭れる。緩い風の音と王女の咀嚼以外は何も聞こえない。
 寝てしまっても、良いだろう。王女がこちらに声をかけないのを良いことに、ジェラルドはそのまま視界を閉じようとした。

 ――それは突然だった。弛んだ紐がピンと伸ばされたような。

「………………」

 王女に向けられたものではないらしい。明らかに、己を狙っていた。
 一般人は城の内部に入れない。じゃあ、王宮に勤める者か。いやしかし、それも信じ難い。
 何も知らないらしいエルナは何個目かの蜂蜜色のマドレーヌを口にしていた。それで良い。この異変に気付いた人間は自分だけで良いのだ。

「何処か行くの?」

 徐に立ち上がった護衛に、王女がやっと声をかける。

「すぐ戻る。お前は此処にいろ」

 急に険しくなった表情を悟られまいと、エルナに背を向けてジェラルドは言った。彼女を巻き込んではいけない。
 その一言で王女が納得したかは分からないが、それを確認することなくジェラルドはその場を離れた。

*************

 エルナの姿が見えなくなった所、王宮を囲む木々の中まで、ジェラルドは異変を追いかけていた。
 気配はある。だが、近付いてくる様子はない。じっと、こちらの動きを観察しているようだった。

「出てこい」

 低音でただ一言そう呟くと、木陰から物怖じもせずにその人物が現れる。

「久しぶりだなぁ? ジェラルド」

 小馬鹿にしたように口角を上げ、男はこちらの名を口にした。何処かで聞いたことのあるそれを思考していると、男は鼻で笑ってだんまりを遮った。

「忘れたとは言わせねぇぞ、えぇ?」
「随分な上から目線だな……ガルト」

 驚嘆することなく、嘆息してジェラルドは目の前の人間に鋭い視線を送る。別に相手を怯ませる為ではない。寧ろ呆れを含んでいた。

「何の用だ。一般人――しかも、」
「ふん、そんな事を聞かなきゃいけない程ボケたとはな」

 ガルトにわざとらしく遮られ、ジェラルドはちり、と苛立ちを覚えた。

「……諦めが悪いな、お前は」

 今度こめかみを僅かに震わせたのはガルトであった。高慢な笑顔が明らかに引き攣っている。その直後。
 抜き差しならぬやりとりが繰り広げられているとは知らずに、痺れを切らした王女が護衛を呼ぶ声がする。

「ジェラルドー、何処にいるのー?」

 すぐに戻ると言ってからもう10分。せっかちなエルナはお菓子も食べ終え、食後の運動にとジェラルドを探していたのだ。
 その愛嬌のある声に護衛よりも先に反応したのは他でもないガルトだった。にたり、と企むように唇に舌を這わせる。

「あれがお前のご主人様か……くくっ」

 ――ジャキン!
 目に映らぬ速さで剣を抜いたジェラルドは、迷うことなく至近距離にいるガルトの首にそれを向ける。
 特に驚く様もなく、ガルトはまたにやりと深く綻んだ。何処かしたり顔でいて、それが更にジェラルドの内にある怒りを強くさせた。

「ジェラルド? 其処にいるの?」

 長剣より弾き出された音は王女の耳にも入ったらしい。声が近付いてくる。
 二人はその場から動くことなく、ジェラルドはガルトを睨み、ガルトはその主人の登場を待っていた。

「もう、何でこんな所に」
「下がれ!」
「え?」

 向けていた切っ先にいたガルトの残像がエルナへと向かうのを見、ジェラルドも遅れじと彼女を庇おうとする。

「ち、」

 寸での所で伸ばされた無骨な腕を剣で払い、エルナの視界を塞ぐように立つ。
 状況の理解出来ないエルナは、殺気立つ護衛の隙間から視界を拓こうとする。その目の前には、見知らぬ男が皮肉気に微笑を浮かべていた。


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