王女様と護衛の過去:Page.03

 彼女の私室。二人は小さな机を挟んで一息ついていた。其処に王女お付きのメイド、アリ―ヌがお茶と菓子を運び入れると、エルナ達はまた二人きりに戻った。

「まず、さっきの奴はあんたと同郷の人で、何故か知らないけど城に来た。此処までは良いわ」

 カップの中の温かい紅茶を一口啜ると、落ち着いたのかほうっと白くなった息が見えた。

「知りたいのは、あんたとどういう関係だったのかってこと。それに……」

 そう、ジェラルドはガルトの事を「元犯罪者」と言っていた。ただ単に相手を罵る言葉としては不適切だ。
 自室に戻るまでの間、ずっとそのことについて頭を捻っていた。「元」と付いているという事は、かつて良からぬ問題を起こしたという事だ。
 あの屈強な見た目からして、ある程度の犯罪を起こせる事は容易に想像出来るだろう。かと言って、外の世界の知識が乏しいエルナの思考では、その“ある程度の犯罪”についての具体例が数限られていた。
 真っ先に思い至ったのは、人を殺めるという考えたくもないものだった。

「あいつは昔から俺をライバル視していた。同い年の中、町で出来の良い奴と褒められていたのもあるが……一番は、幼馴染みの想い人が自分に振り向かない事だった」

 淡々と、他人事のように口を動かす。別に話すことに苦痛はない。自分が思い悩む必要などないからだ。
 寧ろ、その後の彼女が気がかりだった。どう言い換えても人聞きの良い思い出話ではないし、それが知っている人間なら尚更。その証拠に、町では禁句となっている。エルナのように知らない人間なら、どうなるだろうか。彼女は黙って耳を傾けているが、知って得をする訳でもないのに。

「小さい頃から、遊ぶ時も勉強する時も、何時も3人でいたが、次第にあいつが嫌になったらしく、中学になると、もう一緒にいる事は少なくなって、お互い別の友人を作っていた」

 出来るだけ慎重に、ジェラルドは紡いでいく。

「それから何年かして、ガルトの想い人である“彼女”が俺に告白した。あいつはかなり苛立っていたと聞いた。だが俺は恋愛に興味はないし、好きな人もいない。酷な事だろうが、はっきりと断った。“彼女”は泣いて去っていった」

 想い人の名は出さない。それこそ知っても意味はないから。

「断ってからというものの、俺は“彼女”にあまり近付かないようにした。始まったばかりの高校生活が忙しかった上、全寮制だったのが幸いだった。それでも時折、“彼女”から手紙が来ることがあった。内容は他愛もない事だったし、直接会っている訳ではないから、暇があればこっちも返事を返してた」

 どんな事を書いたかなど、もう忘れてしまった。そして彼女がどんな事を書いていたかも、朧気にしか記憶にない。

「二人は町に残っていたから、あいつもそのやりとりがあったのは知っていただろう。振られたのに、“彼女”はまだ俺の事が好きだったらしい。当然、ガルトは良い気分じゃなく、振り向かせようとしても、“彼女”は取り合わなかった」

 両親と“彼女”の手紙には、たまに彼の名が登場した。あまり心地の良い内容ではなかったのを覚えている。

「事件が起こったのは2年前。そのやりとりを続けていた頃だ。起こしたのは、言うまでもなくあいつだった」

 あれは秋口だったか。実技テストの結果を見て、寮に戻ると手紙が来ていた。月に2回送られてくる“彼女”からのものではなかった。

「ガルトは“彼女”を、殺そうとした」

 一瞬、エルナの息遣いが止まった。気付かないふりをして、ジェラルドは続ける。

「突然“彼女”の家に押しかけ、その首を絞めたらしい。たまたま出かけていた家族が戻った所で見つかり、あいつは逮捕された。それから間もなく“彼女”の一家は町を出、ガルトの親も蒸発し行方は知れない」

 語る目に感情はない。聞く目には驚きがあった。

「その事をあいつは……嗚呼、今はもう知っているか」

 投獄中のガルトがどうやって王宮に忍び込んだかは知りたくもないが、おおよそ釈放中だったのだろう。

「全く、更に罪を重ねるとはな……」

 殺人未遂の上に不法侵入、挙句王女を傷つけようとするなんて。呆れる以外に対処はない。
 深く息を吐いて、ジェラルドは頭を垂らす。何にせよ、こいつが無事で良かった。

「すまない」

 自然に、謝罪の言葉が口に出た。カタン、と何かの音がした。

「ううん、気にしないで。あんたも無事で、良かった」

 慈母のような笑みを携え、王女は護衛を抱き締めた。普段はあんなにはしゃぎまわっているのに、今はその面影を微塵も感じない。
 慣れない事にどう応対すべきか考えあぐねていると、そっと体が離れていった。正直、少しホッとした。

「話してくれて有難う」
「……別に、感謝される事じゃない」
「もう、素直じゃないわね」
「ほっとけ」

 何時ものやりとりを終え、ジェラルドは立ち上がった。何処に行くのと王女が問うと、無言で彼は歩を進めた。
 エルナは諦めたのか、何も聞かずにそれを見送った。付いていこうかと思ったが、そうしない方がいい気がした。


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