王女様とその護衛:Page.02

 自室に戻り二人分の懐中電灯を手に入れると、エルナは先刻の怒りは何処へ行ったやら、心底から嬉しそうに微笑んでいた。

「気楽だな……」
「何か言った?」
「別に」

 彼女に聞こえないように呟いた独り言を、耳聡い王女はしっかと拾い上げた。それに何を思うでもなく、ジェラルドは気のない返事を返した。
 丈の長いドレスの裾を踏まないように気を払いつつ、彼女についていく。

 歩いて十数分経ったろうか。月明かりと電灯の灯りに照らされ、木々に埋もれるようにして建つそれが煉瓦造りの老朽建築である事が分かった。蔦が覆い尽くさんばかりに絡まっている。

「うわぁ……」

 首を痛めるのではないかと思うほど、エルナは塔を眺め続けた。
 入口らしきものを見つけ、嬉々としてそこに滑りこむ。だが、入った途端に彼女の足が刹那歩みを止める。

「どうした?」
「……これ……」

 彼女が恐る恐るといった風に指した方向を見ると、何時の時代の物か分からない調度品と、複数の人間のものだろう屍が埃と蜘蛛の巣に覆われていた。そしてその奥には暗闇の階段が続いている。

 エルナはそれに屈してはいけないと、足に力を込めて確認するように進みだす。床に転がる、不気味さを醸し出す物達に気を取られないように精神を払いながら。
 身につけている特別仕立てのドレスが汚れる事など、頭からは消えていた。


 彼女は武術を体得しており強いのだが意外と怖がりである事を、護衛を務めて1年少しのジェラルドは此処で初めて知る事となった。
 尤も、間違っても此処で今それを口にし彼女をからかうほど彼は愚かではない。

「本当に暗いわね……随分古いみたいだけど、何時出来たのかしら」
「今度王にでも聞いてみたらどうだ? それか元老達か」

 尤もな彼の提案にエルナはそれもそうねと納得し、道の続くままに足を動かす。だが突如、狭い空間が開け、忙しなく電灯を動かして見回すと道が二手に分かれているのが確認できた。

「……どうする?」

 尋ねられた意図が分からず、ジェラルドは無言のまま首を傾げた。

「どっちがどっちの道に行くかって、聞いてるんだけど」
「……分かれる必要があるのか?」

 お前は怖がりなのに、と今知ったばかりの情報を内心で付け足したが、彼女は先程骸骨に驚いていた時とは違う強い目でこちらを振り返った。

「馬鹿ねぇ、二人で一緒に見回ってたら時間がかかるじゃない。とにかく、後で此処で落ち合いましょ」

 入り口での恐怖は吹っ切れたのだろうか、エルナはそう言うと一人左側の道へ颯爽と消えていった。ジェラルドは嘆息し、乗り気ではない足取りで反対の道へと向かった。

*************

 どれくらい時間が経ったろうか。道、もとい階段はかなり深く、中々終わりが見えない。寧ろ、終わりが見えない事よりも彼女の方が心配である。
 ――この際適当に見回ったことにして、さっさと戻ろう。そして彼女を連れて、明日誰かにこの塔の事を聞けばいい。そう決心すると、彼は迷わず踵を返した。

「まだ戻ってないのか」

 彼女と別れた場所に戻ったが、向こうも苦戦しているのだろう、姿は見えなかった。仕方がないと呟き、ジェラルドは彼女が行った道を追いかけた。

 一方、その頃のエルナは。

「うぅ、終わりが来ない……一体何処まであるのー?」

 延々と続く回廊に眉を顰め、威勢良かった足の運びはのろのろと力ないものになっていた。服と頭の飾りが重い。

「向こうはどうだったのかな……もう終わってたりして」
「そうだな」
「ぎゃぁぁ!」

 突然降りかかった声に仰天し、エルナはお姫さまらしからぬ叫び声を上げた。気配に気づかないほど自分が退屈していた事にも吃驚だが、それどころではなかった。

「落ち着け俺だ。そんなに驚くなよ」
「へ? ジェラルド?」
「そうだ」

 聞きなれた護衛の声がし、安堵感からか唐突に体の力が抜ける。ふらつく体を、ジェラルドが支えてくれた。

「大丈夫か?」
「もう、びっくりした……」
「悪かった。……ほら、帰るぞ」
「えー、もう?」

 折角此処まで来たのに。そう彼女は付け足したが、彼はそれを許さなかった。今度は我儘を言えないと判断したエルナは、首肯して体勢を整える。

 ふいに手を取られ、はぐれないようにかしっかりと繋がれた。

「ちぇ。まぁまた次のチャンスを待てばいいか」
「また此処に来る気なのか……もう良いだろ」

 諦めずに意気込むエルナに、ジェラルドはうんざりだと難色を示す。

「良いじゃない別にー」
「はぁ……物好きだな、お前は」
「何ですって、」

 ジェラルドの嫌味に言い返そうとしたエルナの言葉が止まる。怪訝そうに声をかけたが、彼女は茫然と、且つ耳を澄ませていた。


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