王女様とその護衛:Page.03

「聞こえる……」

 誰に語るでもなく前方を見つめたままエルナが呟くが、ジェラルドにその意味は伝わらず、彼を余計に怪しませる。

「おい、どうした」
「声が、呼び声が……これは遠く、から?」
「声?」

 エルナの言葉を脳が咀嚼する暇もなく、彼にその事実が伝達された。声だ。確かに、何処かから声らしき音が聞こえる。だが、誰のものかは勿論、何処から聞こえるのか、誰に呼び掛けているのか、情報はそれ以上入ってこない。
 そして、分からない・知らないという事は人間にとって大きな敵であり、それが時に思考をあらぬ方向へと動かす。――例えば今のエルナのように。

「も、もしかして……ゆ、幽霊!?」
「はぁ?」

 すっかり混乱に陥った彼女が、この建物のおどろおどろしい雰囲気も手伝って不可解な発言をする。ジェラルドが「何を訳のわからない事を」とありありと表情に出したが、彼女には届かない。

『……ルナ……エ……ま』
「ぎゃああああっ、なっ何で幽霊が私の名前知ってるのぉぉぉっ」
「落ち着けエルナ、おい服を引っ張るな」

 断片的に耳に入った音声に、とうとうエルナは錯乱した。懐中電灯をあっさりと落とし、ジェラルドの服を上着ごと容赦なく伸ばす。というか、どうしてそれだけで自分の名前を呼ばれていると判断出来たのか聞きたい所だ。
 だが事態はそれどころではない。まずは電灯を拾い、取り乱した彼女を安心させねば。

「落ち着け、行くぞ」
「ふぇ? ……わっ」

 涙目になりながらも服を掴む力を弱めない彼女の体を横抱きにし、ジェラルドは猛スピードで建物を駆け下りる。エルナは状況が理解できないのか、されるがままに黙りこくっていた。

『エルナ……様……』
「!」

 今度こそはっきりと彼女の名が告げられ、二人が目ざとく反応する。呼ばれたエルナに至っては体の動きが固まり、ジェラルドに縋るようにぴったりと身を寄せる。彼は抱える力を強め、彼女の気を鎮める事に努める。
 だが彼には声の主が誰か分かりつつあった。これは幽霊などではないと、確信を持って結論付けられる位に。


 一足飛びに階段を下りていく途中で、エルナがくいくいと服を引いた。

「どうした?」
「別の声が聞こえるわ」
「別の? もう一人いるという事か」

 新たな情報を得ると、ジェラルドは冷静に事を分析し、今しがたの結論の確かさを強めた。外から聞こえる呼び声とは別の衛兵が、この塔に入ったのだろう。

「この塔から聞こえる」
「……行き違いになったか」

 彼のその一言にエルナは疑問符を浮かべたが、ジェラルドはそれに気付かずに階段を下る。
 そして、長く続いた階段が終わると、もうすぐ出口だと尚更足を速めた。

「あ、もう外」

 エルナが若干笑みを浮かべそう言った直後、夜のあの涼風が二人を出迎えた。

「はぁ……やっと外に出れた」

 月明かりが二人の影を浮かび上がらせる。流石にジェラルドも疲れたのか、彼女を抱いたまま座り込んだ。
 だが訪れた安息の時を堪能する余裕なく、それは二人を呼ぶ声に遮られた。

「エルナ様ー! ジェラルド殿ー!」

 その声を聞き、エルナが「はて」と頭を捻る。これは、何処かで聞いた音だ。

「……もしかして、さっきの声って……」

 ジェラルドはやっと気付いたかと意中で思うと、彼女を抱き抱えたまま立ち上がり、その声の主を探す。
 いや、探すなどと大げさな事をせずとも、衛兵の一人が叫びながらこちらに来るのが見えたのでそちらに向かう。

「お探ししましたよ! 一体何処に」

 息も切らさずに衛兵が言うと、抱えられているエルナが苦笑いを浮かべつつ答える。

「いや、ちょっとあそこに、ね」

 そう言って先程忍び込んだ塔を指すと、衛兵がぽかんとした表情で「あんな所に?」と言い出しそうに口を開いたり閉じたりと繰り返した。

「はぁ……そうですか。ともあれ、ご無事で何よりです。さぁ、戻りましょう」
「……後で皆に謝らなきゃね」

 一足先に宮殿へと駆けていく衛兵を見やり、そう独りごちた。呆れているのか、護衛は何も返してはこなかった。

 ――後日、衛兵の中にあの塔に入った者はいるのかと尋ねたが、あっさりと首を横に振られ、ジェラルドはじゃあ誰が、と考えて身の毛がよだった。もしかしたら、もしかすると……。王女の言っていた通りなのかもしれない。


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