新 リアルワールド | ナノ




どうにか収拾を付けて帰宅した後、3DSを改めて確認した。
かばんのアイコンをタッチすると、その中身の一覧が表示される。
ダンボール箱みたいなものがずらっと並んでおり、ひとつひとつに名前がついている。モンスターボール、傷薬、ポケモンフーズ、おいしい水、木の実、とラベリングされたそれらは、各ひとつずつではなく複数個あった。ひとつにつき、ひとつの物が入っているんだろうか。
画面をスクロールしてひと通り目を通すと、一番最後の箱にはベルトという表記があった。

「ベルト?」

なんだろう。と、ペンでそれをタッチする。そうすれば中に何が入っているか詳細が出るかと思っての行動だったのだが、予想に反してその箱は、亜空間の背景の中を流れていく。つい最近、どこかで見た光景。
パっと画面から箱が消え、同時に何もなかった床の上に実態を持ったそれが現れた。反射的に、驚いて体が跳ねてしまう。既に一度体験したことととはいえ、突然現れるなんて一種のホラーだ。
箱は、古い紙を捻じって長く伸ばしたような、細く硬い紐でリボンに結ばれ留められていた。端を引いて解き、開けると、中にはベルトが入っている。

「やっぱりベルト……なんでベルト?」

持ち上げてしげしげと眺めると、サイズ調整用の穴が空いているほかに、平べったい磁石みたいな何か丸いものが六つ、等間隔に並んでいるのが分かった。ベルト、腰、六つの飾り……。

「あ、もしかして」

キャタピーのボールを六つのうちのひとつに近付けると、カチ、と音がしてボールがそこに引っ付いた。両手でベルトを伸ばし、上下に振ってみる。どういう原理なのだろうか、その程度の衝撃ではボールは落ちなかった。ボールを掴んで取ると、またカチ、と音が鳴って外れる。その感触は、磁石を冷蔵庫にくっつけたり離したりする時と似ているようで、どこか違ったものだった。
その性能のすごさはさておき、予想は当たりで、このベルトはモンスターボールを装着するためのものだという事が証明された。
ウィローさん、気が回るなあ。モンスターボールやポケモンのご飯は必ず欲しいと思っていたけど、ベルトまで考えつかなかった。
再度ボールを装着して、腰にベルトを巻き、立ち上がってくるりと一回転。姿見に映る自分を見て、特にベルトに注目する。なんだかポケモントレーナーっぽいぞ、私。
腰に手を当てたり、ボールを外して片手に持ってみたり、ポーズをとっては口元がほころぶ。そうしてひと通りトレーナーっぽく見せてくれるアイテムを堪能し、ベルトを腰から外した。
一緒に外したモンスターボールを、じいっと見つめる。
ボールから出した時、キャタピーだったのを見てがっかりしなかった、と言えば嘘になる。
でもキャタピーも可愛くないこともない……し、今は無理でもバタフリーになれば手足もふっくらして昆虫感がだいぶ抜けて、きっと手をつないであははうふふなんてことも出来るようになるはずだ。たぶん。
そう、ようは進化すればいいってこと。幸い幼虫タイプは進化が早いため、たくさんバトルすればオールオッケー。せっかくのトレーナーが虫が苦手なんて、キャタピーも可哀想だ。お互いのためにも頑張らないとね。
少しずつでも慣れていかなければと決意を新たに、ポチポチとDSをつつきながら、片手でキャタピーをボールから出す。ボタンを押してボール本来の大きさに戻し、もう一度ボタンを押してボールが開く。この過程を踏んでモンスターボールを扱うのは何度やっても感動だ。
私から三歩ほど距離を置いた所へ、中から呼び出されたキャタピーは珍しそうにキョロキョロ辺りを見回した。

「ね、お腹空いてる?」

キャタピーも生き物なのだから、お世話をしなければいけない。はい、と急に渡されたのでこの子がどういう状態なのか分からないけど、ペットを飼う時のことを参考にすると、新しい環境に慣れさせることと健康状態に気を遣えば良いのだろうと思った。
問いに対し、キャタピーは私と目を合わせて、こくりと頷いた。

「そっか、ちょっと待ってね」

DSの画面に映るかばんの中身一覧から、ポケモンフーズとラベリングされている箱をタッチする。すると、さっきと同じ事が起こり、箱が実体化する。中身を確認すれば、ホームセンターに売っている犬猫用のカリカリしたご飯とよく似た写真がパッケージにプリントしてある、ポケモン用のご飯が袋詰めにされたものが入っていた。それが五つほど。

「来た来た!」

ひとつ開封すると、中には固形状の茶色い粒がぎっしり入っていた。入れ物がなかったので、その辺に投げていた小さ目の空き箱をお皿代わりにし、フーズを一掴み分入れる。それをキャタピーの方へ押しやった。

「はい、どうぞ」

キャタピーはすぐに箱に顔を突っ込んでポリポリと食べ始めた。
そういえばキャタピーの口ってどうなってんだろう。幼虫に歯ってあるのかな。気になったが近付く気にはなれなかったので、確認するのは止めておいた。代わりにフーズを強く摘んで固さを試してみるとぼろぼろに崩れてしまった。これなら歯が無くても大丈夫かと一人で納得する。

「チアキー、お風呂沸いたから入りなさーい!」
「うぇ、あ、はーい!」

いつの間に帰って来ていたのか、お母さんが下の階から言った。
びっくりした!部屋に来なくて良かったよほんとに。キャタピー見られた時なんて言えばいいのか分からない。
ひとまず私はお風呂に入らないとなので、キャタピーが食べおわるのを待ってボールに入れようとしたけれど、何かを訴えてきた。何だろう。

「トイレ?」

違うとキャタピーは首を横に振った。うーん、ご飯、ご飯、ご飯……。

「お水?」

キャタピーはしっぽをパタパタ振って頷いた。そっか、水か。
DSからおいしい水を引き出して、今度はその辺にあった手ごろな浅い空き缶に半分を注いだ。かわいい絵柄の空き箱や空き缶を、捨てるのがもったいないのといつか入用になるかもしれないと取って置いてしまい、貯まっていく一方だったのだけど、ちゃんと役立つ日が来たじゃないか。
おいしい水の残りは、もらって飲んでみることにした。のど越しが良く滑らかな舌触りで、おいしい水は本当においしい水だった。水道水なんか目じゃない。何処の水だろう。シロガネ山の雪解け水から作りました、とか?いやそれはないか。あそこ一年中雪振ってるし。

「いいねぇ、君達は。毎日こんなおいしいもんを飲んでるなんて」

水を飲むキャタピーを見ながら言った。
キャタピーとは一定距離を保ちながら、お風呂に入る準備をする。そうして水を飲み終えるのを待って、さて、そろそろお風呂に入るかなと声をかけた。

「キャタピー、ボールに戻していい?」

いきなり戻すのもどうかと思ったので、一応確認をとる。キャタピーはこくりと頷いた。
小さくなっていたボールのボタンを押して、キャタピーに向けた。出てきた時と同じ光線が出てキャタピーを包み、ボールの中に戻って行く。
手元にポケモンがいるって不思議だなあ。赤と白のコントラストをしばし見つめてから、それを見つからないようにスクールバッグの中に隠す。

「チアキ、早く入りなさい!後が詰まるでしょー!」
「はーい、今行くって!」

少し怒った口調のお母さんに慌てて返事を返す。ボールを一瞥してから着替えを持って部屋を出た。







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