新 リアルワールド | ナノ




家の裏にある大きな山を少し入った所に、そこだけ森となって連なる木をくり抜いたみたいに、ぽっかり開いた空間がある。家より高い位置にあるそこは、海がよく見える絶景スポットだ。絶景と言っても、リゾート地みたいに大した景色じゃないんだけど。その場所を目指して黙々と歩く。
暗くなってきたから早くしないと。
早歩きで着いたそこから家の方を見下ろせば、あまりない家にぽつぽつと明かりが灯り始めていた。
キョロキョロ辺りを見回して人気がないことを確認し、握っていたボールを見つめる。怖いようなわくわくするような、混沌とした感情が身体中を巡っていた。
……よし。
ボールを投げようと覚悟を決めたけど、そこでひとつの問題が発生した。ボールの投げ方だ。記念すべき第一投目なんだから、なんて言うかこう、格好よく決めたい。
コンテストみたいに上に放り投げる?いや、それじゃあいまいちインパクトに欠けるし、投げたぞって感じがあまりない。横からスライドして投げるのは、あらぬ方向へ飛ぶ気がしてならないので却下。罰金が口癖な少年の空中一回転は論外。模索した結果、サトシっぽく上から振りかぶって投げることに決定した。球を投げる方法としては最も王道だが、一番ポケモンらしいと思う。
ふぅ、とひとつ息を吐いてボールを持つ手に力を込める。
はてさて、中身はどの子だろうか。

「……よし」

雑草が広がるだけで何もない前を見据えた。そして、右手を振りかぶって、真っ直ぐ行くようにボールを放つ。

「いけ!モンスターボール!」

無言で投げるのも寂しいので、近所迷惑にならないよう小声で叫んでみる。意外にきちんと真っ直ぐ飛んだボールは空中でパカッと口を開き、中から青いビームのような光線が飛び出した。その光線ですらすでに現実離れしていて、概念としては花火のような物だろうか。触ったら火傷するだろうか、なんて思う。
自動で手元に返って来たボールを、分かってはいつつもびっくりしながら両手で受け止め、光線が素早く形作るものをじっと見つめる。思った通り影は小さく、膝より下くらいの大きさのポケモンだ。
小さいといったらピンクの子達だろうか。もしかして、イーブイかな……!ドキドキしながら見ていると、それはとうとう姿を現した。緑の体に大きな目、森によく生息している、あれ。

「きゃ、キャタピー!?」

思わず叫んだ。だってまさかのキャタピー。
え、ちょっと、ウィローさん!その子が私を守る?ある程度の強さがある?――いったいどこが!
これがピカチュウとかなら話は分かる。進化の二段階目だし、見た目は小さくかわいいが、最終進化は石を使わなければならない分、その内に秘めている強さは未知数だ。例えばレベル100のピカチュウだってあり得る話。
ただ、虫ポケモンはそうではなく、見た目がすべて。最終進化に至るまでが早い。つまり、未進化のキャタピーは見た目相応の強さしかないってこと。
技だって、いまいちパッとしない。虫タイプならではの技らしい技、幅広く使い勝手の多彩なものを覚えるのは、最終進化形になってからだし。今の状態じゃあ、"たいあたり"と"いとをはく"くらいしか覚えないじゃないか!頑張って進化すれば何とかなるかもしれないけど、バタフリーの手前、さなぎ状態で足のないトランセルの時はどうやって戦えばいいのか。いや、それ以前に……。
外の世界に出て辺りをうかがっていたキャタピーはこっちに気付いた様子で、目をぱちぱちした後こてんと首をかしげた。うん、まあ、かわいい。仕草はかわいい、んだけど。………私は虫が苦手だ。

「キュ?」

声もまあ、かわいい。
でも見た目を考えて欲しい。アゲハ蝶になる、緑色の幼虫。頭の先から、オレンジ色の何かをにゅるっと出すやつ。それをそのまま十倍くらいに大きくしたのが目の前にいる。
デザインの元がおそらくそれだ。頭の先の突起は触覚のように出っ放しだし、目は大きく、体は数珠が連なってるようだけど。
――ポケモンってリアルにしていいものと良くないものがあるんだって今理解した。
あまりの衝撃にしばらく見つめ合ったまま固まっていたが、キャタピーは地面を這ってこっちに近付いて来た。近付い……でぇええ!?

「ちょ、タイム!ストップ!ウェイト!」

近付いてきた分だけ後退りながら、両手のひらを前に出してそう叫ぶと、キャタピーは歩みを止めて、首をこてんとする。
仕草はかわいい。薄目で見たらいけそう……なこともなかったやっぱり無理。

「いや、嫌いじゃない、よ?嫌いじゃないけどちょっと無理かなー……みたいな。だから、あまり近付かないでもらえるとありがたい、んですけれども……」
「!」
「ああ!泣かないでぇえ!嫌いじゃないんだって!むしろ好きだから!でも私の身体が無理なんだよ!好きだけど、触れないんだよ……!」

近付かないで欲しいと言った途端に、ガーン!という効果音が付きそうな直立不動状態になったキャタピー。やっぱり人間の言葉がある程度理解できるんだと思うと同時に、だからこそ余計に申し訳なくなってくる。例えば犬が嫌いだとして、それを態度に出しても声に出しても、相手の犬が傷付くことはない。でもポケモンは傷付くのだ。
ショックに打ち拉がれているキャタピーを、数歩距離を置いて必死に慰める。
もともとキャタピーは好きな方だった。アニメでの主人公との感動的な別れは有名だし、見た目も蝶らしくてかわいい。どちらかと言えばモルフォンの方が、蛾です!って感じの見た目で苦手だった。
ポケモンだったら元のモデルやタイプは虫でも、モンスター的なフォルムだから平気だと思っていた、でも実物を見ると思った。……これは無理だ、と。
相棒なんだし、出来れば仲良くしたい。息の合ったコンビネーション、阿吽の呼吸、そんなパートナーになっていきたい。いきたい、けど……!
これほどの距離になるとますます分かるキャタピーの体。表面はざらついているようにも産毛がわずかに生えているような感じにも見えて、あの柔らかそうな身体を触ることを想像すると、それだけで鳥肌が立ちそうになった。うがあああああ……!


期待をするほど、成さなかった場合のショックは大きいと痛感すると同時に、ウィローと会話したこともその内容もポケモンの存在も、今までの出来事が全て地についた瞬間でもあった。





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