新 リアルワールド | ナノ




洗面所と一緒になっている脱衣所で衣服を脱ぎ、風呂場でわしわしと頭を洗う。目の前の鏡に映る自分とにらめっこしながら、最近出来たらしい赤く白いにきびをそっと触る。潰したい衝動に駆られるが、我慢だ。とは思うものの、駄目だと分かっていてもついつい潰してしまうのがにきびの恐ろしさ。誘惑に負けたことが何度あっただろう。負けた回数分だけ、額と頬に跡が残ってしまっている。
頭の後に身体も洗い、効果があるのかいまいちよく分からないがにきびの元となるアクネ菌をやっつけてくれるらしい洗顔クリームできちんと洗顔もして、ぬるま湯の湯船に浸かる。
肩までお湯に浸かった時、自然と長い息が出てきた。ため息のような、腹の底から吐き出されるような息。
……なんか、濃い一日だった。
濡れた両手を顔に当てる。そして意味もなく手のひらでぐにぐにと頬をこねた。今日あったことを順に思い出しながら、「なんだかなあ」と小さく呟いた。
全く、おかしな話だ。現実にポケモンがいるなんて。
水蒸気で白く煙った天井を仰ぐ。
何ていうか、もうびっくり。まるで夢みたい。夢だと言われた方が納得しそうだ。それなのに夢ではないのだから不思議である。
ぐにっと頬を押し潰してから、腕の力を抜いてお湯の中に手を落とす。ぱしゃん、とお湯が跳ねた。

「…ばばんばばんばんばん。ばばんばばんばんばん。………なんだこれ」

ふとリズムに乗ってつぶやいた温泉あるあるの歌に、自分でツッコミを入れる。それは虚しく風呂場に響いた。反響が良いここで、思い切り歌ったら気持ちいいだろうな。やったら家族に聞こえるからしないけど。

「……世界の危機を救う、ね」

まったく、どこの女子高生がそんな大層なことを口にするんだか。
日常に突然降ってわいた物語。その主人公はよりによって特別な力も天才的頭脳もない私と、強さ順位は下から数えた方が早い相棒キャタピー。どんな組み合わせだ。ただのへっぽこチームじゃないか。敵に立ち向かうどころか、しっぽを巻いて逃げ出しそうなメンバーがいかにして世界を救うのか、甚だ疑問である。
ウィローさんの押しと自分の下心に負けて、世界を救う大役を引き受けたものの、上手くやっていける自信は全く持っていない。襲い掛かってきたピカチュウとバトルして負ける自信はあるけれど。

「いや、ピカチュウは無理でもコイキングならいけるかも。あと蛹系の動かないコクーン辺りとか。飛行とか炎とかきたら終わりだけど。……ん?」

あれ。何か忘れてるような……。

「……あ、ああーっ!」

お、思い出した!アチャモ!

ガチャ、

「どうしたのチアキ」
「う、ううん!何でもない、ちょっと思い出し事が……」
「そう。近所迷惑だから静かにしなさいよ?」
「はーい……」

浴室の扉越しにぼんやりと見える姿に向かっておとなしく返事をする。輪郭が曖昧なのは、扉のガラス部分がプラスチックでできた曇りガラスのような素材だからである。私の返事を聞いて、お母さんは洗面所兼脱衣所から出ていった。
ドキドキ高鳴る鼓動を静めようと、胸を手で上から押さえる。
そうだ。あの子は確かにアチャモを見たと言った。私は見間違いか何かだと思っていたけど、それがもし、本当に真実だとしたら?
何気なく、実際に動くのはまだ先の話だと考えていたが、既に事は始まっているのかもしれない。確かめなくちゃ。明日、学校に行ったら友達に聞こう。
よし、とつぶやいて勢い良く立ち上がる。ザバンとお湯が波打った。湯船からあがり、最後にシャワーを一浴びして浴室を出た。






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