新 リアルワールド | ナノ




――モンスターボール、だ。
静かに手を伸ばして機械的な冷たさを持つそれに触れる。手のひらに半分程が納まる赤白のボールを、ぎゅっと掴んだ。

【今、そっちにポケモンを送ったよ。その子が君の手助けをしてくれるパートナーだ。】

ボールを手にしてウィローを見ると、彼はひとつ頷く。

【転送に関しては問題なさそうだね。あとは空のモンスターボールなんかの道具をデータに変換して、今チアキが使っているこの機械に送っておこう。】
「そんなことができるんですか?」
【モンスターボールの転送と同じ要領さ。モンスターボールはポケモンが小さくなる特性を活かしたものだから、その点については道具をデータとして閉じ込める方が難しいが。】

そう話しながらも、ウィローの手はキーボードを叩いているかのように動きを見せている。
ふと、画面の右端にアイコンが表示されたのに気付いた。

【ポケモンに関する機能と、道具に関する機能を繋いでみた。そっちに何か変わったことはあるかい?】
「ここにモンスターボールと、かばん?みたいなアイコンとふたつ……」
【ボールの方はポケモンの図鑑と、渡した子が使える技を調べたり健康状態を把握できる。もうひとつはさっき言った道具が保管されているものだ。そこから僕が送った道具を引き出せる。どちらも大丈夫そうだね。】

ウィローが言うことを片っ端から頭に叩き込むために、何度も反芻しながら消えていく文字を瞬きせずじっと見見ていると、水流のような文字の流れが止まった。
テロップからウィローに目を移すと、彼の雰囲気が改まったものになる。

【――さて、今一度確認しよう。僕はチアキにポケモンの保護を依頼する。君はパートナーの力を借りながら、出会ったポケモンを全てゲットしていってほしい。何かあればこの機械を使って連絡をくれたらいい。通信状態が悪かったりして出れないこともあるかもしれないが、今の間にチアキのその機械との繋がりを確実なものにしたから、これっきり一切連絡が取れなくなることはないだろう。
そして今日ひとつ新たな仮説ができた。ポケモンが消えた痕跡を元にした僕から、君に繋がったということは、恐らくこちらからそちらへ繋がる道の先は、その付近一帯だ。ポケモン達は君の近くに現れると予想される。どの程度の範囲なのかは分からないが。何か質問はあるかい?】
「ええっと……ポケモンを探すのって、どうしたらいいんですか?見つけられないような気もするんですけど……」

相手は生き物なわけで、じっとしているはずもない。自分の部屋で自転車の鍵を失くすよりも探すことが大変なのは、考えずとも分かることだ。規模が違う。
ふと湧いた疑問を投げかけると、ウィローは、うーんと口を濁らせた。

【それについては……現段階では力を貸してあげる術がないんだ。ポケモンの持つエネルギーからポケモンの位置を探せるシステムを開発中ではあるんだが、なかなか難航していてね……。地道に探してもらうことになる。】

草の根をかき分けるようにね、なんてウィローは茶化すが、途方もない話じゃないか。ちょっと待ってと言いたい。
そうですか、と返しながら少し頬が引きつった。野良猫探しとどっこいどっこいだ。

【ほかに質問は?】
「えーと、……今は思いつかないので、何かあったらまた聞きます」
【分かった。それじゃあ、チアキ。これからよろしく頼む。お互いの世界の危機を、一緒に乗り越えよう。】

力強い瞳と語り掛けに気圧されて、半分無意識にうなずいた。ウィローはそんな私を見て、うん、と笑う。
プツン、と通信が切れ、画面はアイコンを残した他は真っ暗になった。暗い画面は反射して、呆けた私の顔を映す。
アイコンはいつの間にか二つから三つに増えていて、増えたそれは電話のマークになっていた。なるほど、これがたぶん連絡ツール。

――繋がった世界と、ポケモンが現実に現れるのと、それを救う役割。
あれこれ悩んだ末にやることにはしたけれど、いまひとつ実感はわかない。力を持つポケモンが危ないことは知識として分かるしだから自分の身も危なくなるかもしれないと思うものの、実感を伴って想像できるのはペットショップや動物園レベル。テレビで熊に襲われて病院行きになった人がいることや、アフリカやアマゾンで野生動物に襲われる事件があるのは知っているけど、日本では危険動物と隣り合わせではない。いてもハチくらいで、危ないと分かっているから近付くことはない。
ハチを相手に、しかも捕獲すると考えると、難易度の高さが分かる。でもそこにアニメの描写を追加すると、基本的にポケモンはポケモン同士で戦って人を優先的に攻撃したりしないので、私は物陰に隠れながら指示をすればそこまで危なくもないのかな、とも思う。
そりゃあ、たくさんのポケモンが無暗に暴れ回ったりしたら、大災害だ。そう思ってすぐ引き受けるのを躊躇したけれど、それは最悪の想定。
ポケモンたちはいわゆる、迷子になっているだけだから、そこまで考えて覚悟しなくても大丈夫だったのかもしれない。迷子なら、ポケモンたちも帰りたいと思っているかもしれないし。双方の目的が合致して、友情ゲットになるパターンかも。
ポケモンについて、私が分かるのはタイプと相性、それだけ。
ポケモンをやり込んでいる人のように、どんな特性を持っているとか、各それぞれの個性をどう伸ばしてあげればいいのかとか、全く分からない。頑張るけれど、ウィローに言ったように、やり遂げてみせるという確固たる自信もない。
でも、ポケモンに会えるのことに気分が高揚し、保護も多分どうにかなるでしょうと楽観的に思う自分も、確かに心の隅にいたのだ。

暫しぼうっと真っ暗になった画面を見ていたが、ハッと我に返って左手にあるモンスターボールに目を落とす。
保護についていろいろ考えるのは後回しにするとして、問題はこのボールだ。一体何のポケモンが入ってるんだろう。
幼個体とか人懐こくて指示も聞きやすいとか言ってたから小さい子かつ未進化の子だと思うけど、でも万が一大きかったら家が壊れちゃうよね。
んー、海は見晴らしが良すぎて駄目だから裏山に行こうっと。
幸いにもお母さんとお父さんはまだ帰って来ていないので、ボールを握り堂々と家から出る。時計は7時半を指していた。






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