新 リアルワールド | ナノ





君の世界に迷い込んだポケモン。
――ぽけもん?

「えっ、は、ぽけもん……?」
【ポケットモンスター。縮めてポケモン。こちらの世界にはそう呼ばれる生き物が存在する。その様子だと、君はポケモンに関する知識があるようだ。どこから説明したものかと思ったが、これなら大分手間が省ける。】

待って。待て待て待て。
画面の向こうの住人と話をする以上の非現実的な事を告げられ、思考が付いていかない。
ポケモンの保護?この世界に……なんだって?
キャパを超え今にも頭から煙を上げそうな私を気にも留めず、ウィローは更に言葉を続ける。

【簡単に順を追って話そう。事の始まりは、目の前で手持ちのポケモンが消えたという事件だった。そして日が経つにつれて同じような報告がいくつも上がって来るようになる。窃盗事件を前提に置き、ポケモンによる可能性も念頭に置いて調査を進めるうちに、報告がなかっただけで野生のポケモンたちにも同じ事が起こっていると分かった。人と暮らしているポケモンであれば異変にすぐ気付くが、野生のポケモンの数は把握しきれない。そして消えたポケモンの居場所は全く掴めない。思ったよりも事態は深刻だった。】

通常のゲームならばAボタンを押すまで話は進まず、自分のタイミングで話の進行を速めたり遅めたりできるが、ボタンを押さずとも羅列する文字はどんどん上に流されて消えて行く。
ウィローの表情に目をやる暇もなく、言葉を自分の中に落とし込むのに精一杯だ。
そんなこちらに構わずウィローは言葉を続けていく。

【近年の調査で、異次元や異世界の存在が少しずつ明るみにされている。重なり合うが交わらない世界がいくつもある、というのは僕の見解だが、ここではない世界に何らかの力が働いて飛ばされたのではないかというのが最も支持された推論だった。それを裏付けるようにして、消えた痕跡を追っていた調査班から、ポケモンによる仕業ではないとほぼ断定できそうだと報告があった。とすれば、あと考えられるのは、この世界自体の異変だ。
まず、手持ちのポケモンを登録しているモンスターボールは、登録自体は解除はされていない。つまり存在が消滅したのではないと言える。
そして消える現象が続いているのなら、飛ばされた先の世界との繋がりが今もどこかにあるはず。今知られている、何とか手に及ぶ範囲の異世界を調査する班とは別に、僕はまだ報告のない未知の異世界へ飛ばされた可能性があると仮定して、その"どこか"へチャンネルが繋がる所を探した。そうしてようやく繋がったのが、今。君だ。】
「……ええと、つまり?」
【簡単に言い換えれば、ポケモンの消えた痕跡をたどり唯一繋がったのが君の世界であり、消えたポケモン達が飛ばされたのはそこだと僕は考えている。だから君に協力を願いたい、ということだ。】

なるほど……分からん。
簡潔にまとめて言われた事は理解した。だけど、理解するのと納得するのは別物だ。
ポケモンは画面の中の実在しない生き物。それがこっちの世界に飛ばされてきたと言う。架空の世界と現実が繋がる?そんな事ってあるはずない。

「でも、ポケモンなんて見たことないですよ」
【こちらとそちらの時間の流れが違う可能性がある。その仮説が正しいなら、これからだ。】

ウィローはポケモンが迷い込んだのはこの世界だと、嫌に断定的だった。そもそも、ウィローという人物とこうして話をしていることからおかしい。
でももし、もしもこれが現実に起こっていることで、ポケモンが本当にこの世界に現れたとしたら……?

「……ポケモンが、この世界に来るとして、」

ポケモンの世界に行きたいと思っていた。でもそれは非現実的で、叶いっこないとも分かっていた。
今現在進行形で起きているこの邂逅も夢なんじゃないかと思うくらい、『ポケットモンスター』という存在は私にとって一番近く大切なものであると同時に、最も遠く手の届かないものでもあった。
それを急にぽっと目の前に出されて、特別になりたい下心が騒ぎ出すと同時に得体の知れぬ不安が、静かにじわじわと心を侵食する。

「……私がその、保護、を、できると思うんですか?」

どうして私が選ばれた?

特別に憧れていた。とんでもない運動神経を持っていたり、世界中の学者を驚かせるような天才的頭脳を持っていたり、実は超能力が使えたり、そんなみんなをびっくりさせて私も面白く楽しい人生を送れるような、特別な何かになれる人。
そして今頼まれていることは、これ以上ない特別だった。
オリンピックで金メダルを取るよりも、ノーベル賞を取るよりも、テレビに出るよりも、私以外誰にも訪れてないたったひとつ唯一のチケット。
けれど、この特別抱え込むには器が足りなさすぎる。だってとてつもなく嬉しいチャンスが目の前に出されているのに、すぐに飛びつくことができない。
ポケモンに会うことができるのならこの上ない喜びだけど、それは上澄みでしかなく、その下にはポケモンを相手取る危険と大事にならないよう秘密裏に行う努力と機転の必要性、周りの人にもポケモンにも被害がないようにたった一人で立ち回らなければならない覚悟が、濁り混ざって沈殿している。
ポケモンが認知されて捕らえられることを防ぎ、この世界に影響を与えることなく無事にすべて元の世界に送り返す。それがこの場における成功の意味合いだろう。
ならば成功以外を許されるわけがない。失敗してしまったとして、たくさんの大人相手に、例えば警察とか自衛隊とか、そんなもの相手に立ち向かえるはずがない。
そんな手の届かない事態にならないように成功し続けるとはとても言えないし、今でさえ上手くいかなかった事を考えて躊躇してしまっているのだ。
自信もないしやっていく覚悟もない。……でも、もしやれるなら、弱気の私でも頑張ることが許されるのならやりたい。リスクばかりを考えると躊躇するけれど、それがなければすぐに引き受けてしまいたいくらいの思いはある。

だから安易に無責任に引き受けるのでなく、そういったマイナス面を打ち消すために、選ばれた理由と、私でいいという肯定が欲しかった。







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