新 リアルワールド | ナノ




個体値や努力値なんて、考えて戦ったことはなかった。ストーリーがクリア出来ればそれで十分であったし、厳選孵化してより強い個体を目指しバトル特化施設へ籠るよりも、いろんなところを旅してポケモンを見つけてゲットして一緒に強くなっていく、その過程を楽しむ方だった。
実際のところ、覚えることが多すぎてあまり理解出来なかったというのが大半を占めるのだけど。晴れパとか霧パとかいう単語も聞くけれど、いまいちよく分からない。補助技と持ち物をうまく使って、劣勢を好転に返る技術、というか理論的な戦術は本当にすごいと思う。自分には到底できないし、ポケモン好きとはいえそこまでバトルにのめりこんでいないので、頭を使って計算し時間をかけて育て上げる、そんな技術を持つ人たちは尊敬ものである。
結局のところ何が言いたいのかというと、取り敢えず私はポケモンと旅が出来ればそれだけで満足だったんだ。

「さて、今日は久々にイッシュ地方に行こうかな」

部活を含めた学校が終わり、帰宅して即刻手に持つは3DS。スカートは皺になるので脱ぎ、上は制服、下は体操ズボンというちぐはぐな姿のままベッドに腰かける。ソックスも脱いでからポイっとその辺に投げる。あとで片付けようっと。ホワイトのカセットをセットし、スイッチオン。

――ブツン、

「あれ?」

ついたかと思うと一瞬で電源が切れた。え、嘘、壊れた?充電は毎日してるから、電池切れではないはず。
真っ黒の画面に不安になりながらもう一度電源を入れ直そうと、スイッチに指をかけた時だった。

――ザザッ

黒い画面がゆらゆらと揺れ、時折テレビの砂嵐のような雑音が混じる。
何これ!この3DS買ってからまだ一年も経ってないんだけど!?え、もしかしてカセットが壊れたとか?それとも両方!?
大事でお高い私物が壊れてしまったのかとハラハラしながら成り行きを見守っていると、一段と大きく画面が揺れて。

――パッ

「あ、つい」

ついた。けれども、画面の向こうに映る人と目が合い、固まる。

「なに、このキャラ……」

黒いふさふさした髪の毛に面長の顔立ち、眼鏡をかけた男性。日本人にもいそうだけど外国人っぽい堀の深さ。
ホワイトにはこんなキャラクターは出てこない。昨日寝る前に遊んだ時、間違えてどこか違うところを押してしまったあとスリープ状態に入ってたのかな……何かの体験版とか……?

【お。】

キャラの表情が動くとともに台詞のテロップが表示される。

【これは成功、ということかな。うーん、やはり電波の問題だったということか。】

なんのゲームかは分からないけど始まってしまったものは気になるし、とりあえず区切りのいいところまで進もうとAボタンを押す。が、話が次へと流れていかない。

「んん?今度は固まった……?」
【何が固まったんだい?】

Aボタンを押すことなく切り替わったテロップに、今度は私が固まった。

「――タイミング良すぎの台詞過ぎない?え、こわ……」
【タイミング?そりゃあ話しているからね。】
「――」
【あ、】

3DSをお好み焼きをひっくり返す時のように、半分投げるようにして布団に裏返しに叩きつける。反射的に動いたから加減が心配だった。壊れてないだろうか。いやいっそ壊れてたほうがいい?それとも衝撃を加えることで直るのか……?
ずりずりと後退して元凶から距離をとる。3DSを持った手のひらを返す間際、しくじったなあというようなやってしまったなというような顔をしていたキャラが一瞬見えた。呪いのゲームではなさそう……おどろおどろしい雰囲気もないし、背景は自然の風景だった……でも気味の悪さを拭い去ることはできない。
数分、カップ麺が頃合いを通り過ぎてぐたつくくらい待ってみる。そうして、そうっと近付き、ゆっくりと持ち上げてひっくり返した。

【ああ。良かった。いつまでたっても真っ暗なもんだから、通信が切れてしまったのかと思ったよ。】
「…………」
【僕の声は聞こえているかい?もしかしてまた電波の調子が悪いのか?困ったな、どうやって話をしようか……】

近くに転がっていたタッチペンで、恐る恐るキャラクターの頭をつつく。ゲーム機能によくある、タッチによるキャラクターの反応はなかったが、悩ましげに顎に手を当て考え込んでいた男性はひとつ瞬きをした。

【君、僕の声が聞こえているかい?】
「……」
【無言で見つめられても解釈の仕様がないな……】
「……あの」
【ああ!聞こえているんだね、良かった、驚いているところ悪いが君に話があるんだ。】
「聞こえてはいなくて、言葉が見えるというか……声は聞こえません、よ……?」
【声は聞こえないが、意思疎通はできる。言葉が見える……文字の表示か、なるほど。君と話ができるなら問題ない。話を聞いてくれるかい?】

一体何が起こっているのか。ゲームの中のキャラクターと会話ができるようになったなんて聞いたことがない。新しく更新された機能でもないだろう。だって定型文ではなく、臨機応変に言葉を返してくるのだ。そんな高等な技術、導入されたのならどこかしらのニュースで目にするはず。
二次元のキャラクターと会話するというあまりにも非現実的なことが起こっていて、思考回路はショート寸前。深く考えることはやめ、現状に身を任すことに決める。
ただし、少しでも不穏な、例えばホラー的な気配を感じたら即刻撤退だ。
恐る恐る頷いて見せると、彼はほっとしたように少し表情を柔らかくした。

【僕はウィロー。しがないフィールドワーカーだ。直球に言うと、君に頼みたいのはポケモンの保護。君の世界に迷い込んだポケモン達を捕まえ、こちらに返して欲しい。】







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