リアルワールド | ナノ




唐突に、後頭部の皮膚がツンと突っ張る感覚に思わず声を上げる。
耐えられないことはないけど、痛い。
反射的に振り返ると、ふよふよと漂う姿がいくつか。それを目に入れて、驚きに息を詰まらせる私をからかうように、ゴーストタイプの子たちはけらけらと笑った。
赤い首飾りをした子、頭骨が黒い頭巾を被ったような子、紫色の体と目がダイヤモンドみたいに輝いた子、ガスで作られた球体のような子。
彼らはふわりふわりと楽しげに、周りを飛び回る。

「ちょ、痛い痛い!」

ムウマの目が淡く光ったかと思うと、再び頭皮が引っ張られた。首をひねって視線を後ろにやると、髪の毛がほのかに青く発光し、ひとりでに宙に浮いて、ピンと張り詰めている。
どうやらさっきのも、この子が犯人らしい。
反応が面白かったのか、ムウマは笑ってくるりと宙返りをする。サイコキネシスか念力か、そういう類のもので引っ張られていた髪の毛は解放され、ほっと息をついていると、突然目の前に白い顔が現れ、息を飲んだ。バッと後ずさると後ろにいたトモカにぶつかり、彼は一瞬飛行バランスを崩す。

「わ、ごめん!」

謝りながらも、トモカの背後にまわることは忘れない。
おばけではなくみんなゴーストタイプのポケモンだってことはもう分かったけど、それでもやっぱりタイプがタイプだから、違うと分かっていても恐れを感じてしまう。
トモカを盾にしながらポケモンたちを見ると、驚いた様子が受けたようで、どの子もおかしそうに笑い声をたてていた。ムウマなんて笑いながらぐるぐると宙返りをしている。
大げさなくらいあからさまにそんな反応をされると、むくれてしまうのも仕方ないと思う。
むっすりと口をへの字に曲げながら、肩に掛けていた鞄を開け、家を出る前に用意していたモンスターボールの数を確認する。
いち、に、さん。
三つ、では足りない。まさかこんなにボールがいるとは思わなかった。
宙返りするムウマ、おどかしてきたヨマワル、何を考えているのかよく分からないヤミラミ、先にゲットしたのとは違うカゲボウズ。いつの間にやら白い靄が消えて晴れた視界には、今上げた種族がそれぞれ複数個体、宙を漂ったり物陰からこちらを見つめたりしているのを確認した。
それから、あ、ゴースト。
いたちごっこをしていた彼らはどうなったんだろう。トモカの陰からきょろきょろと辺りを見回す。
視界の隅を横切った赤に焦点を合わせると、歯を噛み合わせながら走るナックラーと逃げるゴーストの姿が見えた。
まだ追いかけていたの……。

「ナックラー、もういいよ」

いい加減見かねて声をかけると、追いかけていた足が止まり、こっちへとことこ帰ってきた。
あれ、素直に言うこと聞いた。もともと言うことを聞かないというわけではないが、クッションに噛みつき始めると、止めてもなかなか離さないところや、食べることや齧ることに熱中しだすと聞く耳を持たないところがちょこちょこあったので、少し意外に思う。
おとなしく戻ってくるそのあとを、ふよふよとゴーストは付いてくる。もうナックラーに害はないと判断しての行動だろうか。
ぐるり、辺りを見回したところ、他に進化しているポケモンは見当たらず、おそらくゴーストがこの群れの中でのリーダー的役割を果たしているのではと考える。
それなら、この子を説得すれば、すべての子をボールに入れることができるはず。
「あの、」と声をかけ、注目をこちらに向けた。

「分かってるかと思うけど、ここはポケモンのいる世界じゃないの。私は訳あって、ポケモンをもとの世界に戻すってことをしてます」

相変わらずトモカを盾にしながら、暗闇の中ことばを発する。
ドンドンと、祭り太鼓のなる音が小さく空気を震わせた。

「だから、一時的にモンスターボールに入って欲しい、です」

涼やかな風に溶け込んでいった言葉を聞き届け、ゴーストはためらいを見せずに頷いた。




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