リアルワールド | ナノ




トモカの横で、こちらを見ていたナックラーが霧の方に向きを変えた。カチカチと口を噛み合わせながら、白しか見えないはずの霧と向き合っている。
今度はいったい何に反応しているの…!
そう思いながら、ナックラーが見る先に目をやると、霧の中にぼんやりとした影が浮かんできた。知らず知らずのうちに息を止めて、身構える。
皆が警戒するなか、空中を滑るように姿を現したのは、暗い紫色の手。息を飲んだその傍ら、霧から出てきたと同時にナックラーが走り出す。
尖った三本指の手がふたつ、そしてその後ろから、それよりも大きな暗い紫の輪郭がするりと出てきて、ナックラーはそれに向かって飛びかかった。しかし、ひょいとかわされ、現れたそれに代わるようにしてナックラーは霧の中に紛れていった。
私よりも大きく見える巨大な紫、ゆらゆらと不安定な輪郭をもつゴーストは、ゆっくりとこちらに近づいてくる。ガス状ポケモンと呼ばれる通り、周りとの明確な境界線をもたないぼやけたその姿はまるで、よくあるお化けのよう。恐怖で体に力が入るのと同時に、前にいたトモカがゴーストとの間をさらに割り込むように立ち位置を変えた。
いつ攻撃してくるかと構える私とトモカの手前で、ゴーストは進みを止める。ごくり。無意識に唾を飲み、そのまま息を止める。
さらなる警戒を持って見つめる視線の先で、不意に紫のガスの塊は、お辞儀をするように全身を倒した。

「ゴスゴース」

突然の行動にびくりと驚いたものの、ほぼ同時に発せられた何とも言えない声に一層身を縮める。トモカのように涼やかでもなく、ピカチュウのように安定感のある声でもないそれは、低くかすれ気味で、まさに”らしい”声だった。
その行動から何が起きるのかと鳥肌の立った体を強張らせていたが、ゴーストはぺこぺことお辞儀みたいな仕草を繰り返すばかりで、何も起こらない。トモカの陰から少しだけ顔を覗かせると、ただ全身を何度も倒している姿しかなく、ほんのちょっぴり、警戒を解く。どうやらゴーストは、何かを伝えようとしているらしい。

「なに…?」

ふわり、ゴーストは飛び、さっきつまづいて後ろ向きに倒れそうになった場所の近くに浮かんで、そこを指した。そして再びぺこぺこ。
お辞儀をするのはどんな時だろう。感謝の気持ちからくる時、謝罪の気持ちから出た時、お願いごとをする時……。様々な場面で行う仕草だが、それをしているゴーストの普段釣り上がり気味だろう目尻は下がり、恐ろしい外見とは正反対におずおずしていて、どこか申し訳なさそうな雰囲気を出しているような。
……もしかして、謝っている?
表情と行動から導き出した推測が正しいのか半信半疑だけど、今までの流れからこれが一番しっくりくると思う。

「ごめんなさい……?」

ゴーストを見つめて、小さく言うと、相手は大きく頷いた。
謝るということは、さっきの金縛りか引っ張った犯人はゴースト、ということなのだろうか。
そう考え至ったとき、はたと思った。――謝るならやらなきゃいいのに。
こっちがどれだけ怖かったと思っているの…!さっきの不安、恐怖感が再び胸に渦巻くが、しおらしいゴーストを見ると、鬱憤を晴らすように言葉をぶつけるのは、はばかられた。
じっとこちらの反応をうかがっている様子のゴーストに、何か言葉をかけてあげないと、と口を開きかけた。その時。
足元を勢いよく赤い何かが通った。とっさに下を見るがそこにもう何もおらず、すぐさまその進行方向に顔を向けると、ちょうどナックラーがゴーストに飛びかかったところだった。
ゴーストは後ろに飛び退いてそれをかわす。
だがナックラーの攻撃はそれで終わらず、地に着いた足を間髪入れずに蹴って、カチカチと歯を噛み鳴らし追撃をする。
ナックラーよりもゴーストの方が強そうに見えるけど、噛み付くはやっぱりタイプ相性的に怖いのだろうか。噛み付く……いや、噛み砕く、ってことはないよね?
逃げるゴーストと、ひたすら追いかけるナックラー。それをトモカの後ろに隠れて、目で追う。トモカも私のことをよく分かってくれていて、二匹の進行方向がこちらを向けば、そのコースからそれた位置に避けてくれる。そのあとをぴったりついて、間違ってもかち合うことのないようにしながら、それにしても、と思う。
私、まったく指示出してないのに……。




×
- ナノ -