リアルワールド | ナノ




DSからたくさんのボールを引き出し、ゴーストタイプの子たちを一体一体ゲットしていった。人に金縛りかけたり、悪戯をしたりする子たちが整列してボールに収められるのを待つなどするわけもなく、捕獲は難航した。とはいえ、攻撃をしかけてくることはないので、その点は非常に助かったんだけれど。
髪の毛を引っ張るムウマを入れ、追いかけっこの気分で逃げ回るヤミラミを入れ、ふらふら漂うヨマワルを入れ、どの部分から実体を持つのか分からないゴースを入れ。そうしてごっそり引き出したボールが残り数少なくなるころ、最後にゴーストを入れて、ゲットが完了した。
ごろごろと両手に余るほどのボールを全部、鞄の中に突っ込む。予想外の荷物にカバンはパンパンで、チャックを閉めるのに手間取った。そんなぎゅうぎゅう詰めにしなくても、すぐにオーキド博士のもとに転送したらいいじゃないって話かもしれない。
しかし、ひと騒ぎあってほんの少しばかり忘れていたが、ここはお墓なのである。
長居をしたくないどころか、すっ飛んで帰りたいくらいの気分だ。

「よし、それじゃあ帰ろう」

ボールに戻されることを拒否したピカチュウだけを残して、あとの二匹をボールにしまう。
そして、行きは霧のせいで視界が狭まり恐る恐る上ってきた階段を、今度は猛スピードで駆け下りた。
下に止めていた自転車にまたがり、カゴにピカチュウが飛び乗ると同時にペダルを踏む。明かりがなければ何も見えない暗さだし、全速力で帰るのだから、ピカチュウを隠さなくても大丈夫だろう。
両足を高速回線させて、摩擦によって点くライトをギュウウンと音をあげさせながら、飛ぶように家に帰った。

「おかえり。どこまで行って来たの」
「盆踊りしてるところまでー。ついでにちょっとのぞいてきた」

本当は覗いてきてないけど。
嘘混じりの答えをすんなり受け入れた母にほっとしつつ、自室へと上がる。
部屋に入って窓を開ければ、いつものようにピカチュウがそこから帰ってきた。彼がボールに入っておとなしくしていることはほとんどないので、ボールに入るか問うことはせず、放っておく。
DSを開いてオーキド博士に転送の連絡を入れ、両手にあふれるほどのボールをひとつずつ転送していった。最後の転送を終えてふと、ゴーストのことを思う。
謝ってくれたゴーストに、何の返事も返すことができなかったな。一方的に謝罪を告げたのみになってしまったゴーストの心に、小さなくすぶりを残していないといいけど。
それでも、もう帰してしまったものはどうすることもできない。
仕方ない、か。
すっかり底が見えているバッグのチャックを閉じて、端に寄せる。
そして、ポケットからモンスターボールを取り出した。確か、右ポケットにトモカ、左ポケットにナックラーを入れていたはず。何か彼の興味を引きそうなものが床にないか辺りを確認して、左から出したボールの開閉ボタンを押す。
外に出されたナックラーは、ぱちりと瞬き。そしてくるりと辺りを観察し、首を傾げる。
網戸に阻まれた外を眺めていたピカチュウが、ちらりとこちらに気を向けたのをなんとなく感じた。

「……うん、と」

床にべたりと座って、前にいるナックラーを見る。
言葉の続きを待ってくれているらしく、ナックラーは他に興味を移すことなく、じっとこちらを見ていた。
噛みつかれないと、いいけど……。少しの不安を抱えながら、そろりと手をのばす。そしてナックラーの頭の上にもっていき、ゆっくりとおろした。が、なんだ?とナックラーが顔をあげたので、反射的に手が飛び退く。
噛まれるだろうかと警戒心たっぷりに動向を見つめるけれど、彼はきょとんと、宙で停止している手を見上げるだけだった。
おそるおそる、静かに、もう一度手を下ろしていく。時間をかけて赤みがかった橙色の頭に乗せると、手のひらにざらりとした手触りを感じた。

「……今日は大活躍だったね、ナックラー。おつかれさま」

ぽんぽんと、やわくなでる。
なんだかちょっと気恥ずかしいけど、今回は初めてナックラーが活躍したから、頑張ったね、お疲れさま、ありがとうの気持ちを、どうしても伝えたかった。
噛まれるかもという、ほんの少しばかりの恐怖を心の隅に持ちながら、けれども労りと感謝と喜びを手のひらにこめ、笑顔を送る。
まるで親が子を褒めるかのように。よくできました、と口からこぼれそうな、言い表しにくい感情をもって。
それを受けたナックラーはカチカチ歯を噛み鳴らし、そのことによって、小さかった恐怖が増大してとっさに手を離すも、今度はお腹に突撃されてぐりぐりと頭を押し付けられ、お腹を噛み千切られるんじゃあと血の気が引いてとっさにピカチュウに助けを求めた、なんてことがありつつ。
どうにか収拾して夜の静けさを取り戻したあと、お風呂に入り、扇風機をつけてタイマーをセットしてから布団に寝転がる。
どうやらただ褒められて喜んでいるだけだったらしく、珍しく甘えたな姿を見せるナックラーはボールに戻して、トモカのボールと一緒に枕もとに置いていた。いつものように放置したピカチュウは、机の下で丸まっている。
リーン、とかすかに聞こえる虫のさざめきに耳を傾けながら、目を閉じて、今日のことを思い返す。

「……あ」

そういえば、あの白いのはいったい何だったんだろう。



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