リアルワールド | ナノ




カゲボウズが入ったボールを握りしめて、再び気を張り詰める。
きっと、相手はこの霧の中にひそんで、こちらの様子をうかがっているんだろう。一匹目がカゲボウズで、さっき見た黒い影も幽霊っぽかったから、ほかのポケモンもゴーストタイプであると予測する。お墓にゴーストタイプのポケモンなんて、マッチしすぎて恐ろしい。
相変わらずトモカの後ろをキープし続けながら、未だ晴れない霧を見やる。
それにしても、いったい何匹いるんだろう。一匹いるのは確実だけど、それ以上となると想像がつかない。残るは一匹であると願うばかりだ。
あとどのくらいの数がいるのか。こんな視界が悪い中で大丈夫なのか。トモカに尋ねたいけれど、もし集中している彼らの邪魔をしてしまったらと思い、緊張で出てきた唾とともに、浮かんだ質問はのどの奥に押し込めた。
だから口はぐっと閉じたまま。
そのはずなのに、ふと開こうとしても開かないことに気が付く。それどころか、緊張で固まっていたはずの手も足も、指一本でさえ、どれだけ力をこめても動かせない。
なんで、なんで…!?動揺ばかりが心を占め、次第に焦りが大きくなっていく。金縛りと呼ばれるだろう現象が、今自分の身に起こっている。そのあまりの恐怖に泣いてしまいそうになりながら、どうにかこの状態から脱しようと夢中で手足に力をこめ動かそうと、闇雲に暴れた。
しかし、それほどの状態にいるというのに、ずっと黙ってじっとしていたがために、誰も様子がおかしいことに気付いてくれない。
突然、霧の中から暗く光る玉のようなものがすごいスピードで飛んできた。それをトモカがねんりきで軌道を逸らしたのだが、飛んできたのがシャドーボールだということも、トモカが回避してくれたということも理解できないくらい、恐怖でいっぱいになっていた。
そして追い打ちのように不気味な笑い声が聞こえてきたかと思うと、ぐいっと後ろから鞄を引っ張られる。
声は出なかった。何一つ体を動かせないとはいえ、息はできるのだからお腹に力をこめれば、くぐもった金切り声くらいあげられたかもしれない。けれど、それ以前に恐怖で声を出す余裕さえなかったのだ。
やや上に向かって引っ張られているらしく、体は後ろへ引きずられていくものの倒れそうにはならない。為すすべもなく、少しずつ離れていくトモカたちの背中を、涙に滲む目で食い入るように見つめる。
やだやだやだ…!トモカっトモカ!気付いてお願い!やだよトモカ…!
必死に心の中でトモカを呼ぶ。
その時、ぐらりと体が傾いた。
少し舗装されてはいるが、今いるのは人の手で削られた階段。段差に石が埋め込まれ、それなりに整えられた、地面はむき出しで草があちらこちらに生えている山道である。
コンクリートで固められた地面のように平らではなくでこぼこで、埋められた大きな石は所々突出している。そのひとつに踵が引っかかったのだ。
それと同時に、全身をボンドで固められたような感覚がふっと抜け、開かなかった口がとたんに緩んで、ぱかりと開いた。
のどの奥から、掠れた小さな悲鳴が飛び出す。
重力に従って頭は後ろに傾いていき、目には霧の向こうにうっすら見える夜空が映し出された。
落ちる。その一言が頭の中に浮かび、階段から落ちた時の痛みを想像して、早くもその仮の痛みが後頭部を中心に全身を駆け巡った。
と、背面に感じていた重力がこつ然と消える。
金縛りよりもやわらかな拘束が全身を包み込み、まるで水中にいるかのような、重力にもどんな力にも引っ張られていない不思議な感覚がする。
落下が止まった。そう理解した時には、体は宙に浮かび、トモカのすぐそばに引き寄せられるところだった。ゆっくりと地面におろされて、それとともにいつもより赤く輝いていた彼の目の光がおさまる。
間一髪、トモカが気付いてねんりきで助けてくれたらしい。
足が地面についた時、ほっとして思わず足元がふらついた。地面にへたり込むことはなかったが、一瞬崩れ落ちかけたのを見たトモカは心配そうに鳴く。

「ごめん、だいじょうぶ。大丈夫だよ、ありがとう……」

顔がこわばってうまく笑えない。
本当は地面にうずくまって、自分がどれだけ怖かったかを伝えて、気持ちが落ち着くまでずっとそばにいて欲しかった。
だけれど、この状況でこれ以上自分に構ってもらっている暇はない。だからせめてもと、心配させないように、へらりと笑顔を作った。



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