リアルワールド | ナノ




トモカが私を後ろにするようにして構える。白い霧の中から、階段を駆け下りてきたピカチュウが走り出てきて、こちらを背にして同じように構えた。
ふらふらしていたナックラーも、二匹に合わせるように彼らのそばにきて、白い霧の先を見つめる。
私はというと、守るように立っている彼らの後ろでびくびくとしているだけだ。すぐにでも暖かい家に帰りたくてたまらない。けど、安全かどうかはともかく、今は危害から守ってもらえるここが最も安心できる場所なので、この場から動けるわけもない。
三匹が見ている方向と同じほうに目を向けていると、白の中にうっすらと黒い影が見えた。その影は宙に浮いている。
浮く、それはつまり幽霊…?頭の中でそんな式が成り立ち、ぞっとした。
頬袋から電気を躍らせるピカチュウが、片足を少し踏み出し、バチリと電気をいっそう爆ぜさせる。
ううん、幽霊なわけがない。トモカたちが反応したのだから、ポケモンに決まっている。そう分かってはいるのだけれど、さっきの白い影が頭の中をちらついて離れない。
ゆらゆら輪郭がぼやけているその黒い何かは、近づいてきているらしく、次第に大きくなっていく。怖くてたまらず、何かにしがみつきたくて、でも何もなくて、胸の前で肩掛けバッグのひもを固く握りしめた。

「ピカヂューウ!」

今にも霧の中から出てこようとしていた影に向かって、ピカチュウが電撃をくり出した。
それが命中するかと思ったところで、影はフッと消える。
いったいどこに消えたのか。こういう時、気になってしまうのは背後で。消えた影を探す三匹を尻目に、一瞬だけ目線を横に流した。
……振り向きたくない。何かを見つけて、こちらがそれを認識したら終わりな気がする。だけど、どうしても気になる。極力顔をまわさないようにしながら、横目でまず左右を確認した。そうして少しずつ首をひねり、ゆっくりと視界を後ろに広げていく。
――何もない。
後ろにも広がる霧の中、ただ上ってきた階段がうっすらと見えただけだった。
良かった。ほっと緊張していた気持ちをゆるめて、顔の向きをもとに戻す。と、目の前にぼんやりとした黒い何かがいた。

「ッ!?」

のどの奥から引きつった悲鳴があがる。目はこれでもかというくらいに開いていて、体は言うことを効かないほどがくがく震えた。
ゴウ、と突風が吹いて、思わず目を閉じる。一瞬の風が過ぎ去ったのを感じて、とっさに縮こまらせた首をおそるおそるのばしながら、まぶたを上げる。そこに黒い影はなく、代わりにトモカが羽ばたいていた。
吹き飛ばしか風起こしか分からないが、トモカが風を起こして追い払ってくれたらしい。
すかさず、トモカの背中に張り付く勢いで近づいて、彼の後ろに隠れる。
再び辺りは気味悪く静まりかえった。相変わらず視界は悪く、実体を持った何かが確かにいると分かったものの、こちらから仕掛けることができない。このこうちゃく状態がどのくらい続くのか。できることなら早く片付けたいけれど、自分がどうにかするわけではないので、ただ状況の変化を待つしかできない。
突然、ナックラーが飛び出した。弾丸のように霧の中に飛び込み、白にとけて姿が見えなくなる。その行動が理解できず、ただその姿を目で追った。
ナックラーが入って行った場所から目を離さずにいると、ぼんやりした白色の中に、赤色が次第に見え始める。そうして霧の中から後ろ向きに戻ってきたナックラーの口には、何かが挟まっていた。ずるずるとそれは私たちのもとまで引きずられ、なんだろうとトモカの後ろからのぞきこむ。
その正体は、てるてるぼうずのような姿のポケモンだった。カゲボウズである。
くたりと体の力を抜き、目を回している様子だ。そのため、ナックラーが未だにがじがじと噛み続けているというのに、抵抗の欠片も見られない。
かみつくは悪タイプ。つまり、ゴーストタイプにとって効果は抜群である。

「ナックラー、もういいから、離してあげて?」

戦闘不能になっているのに、ナックラーに噛まれているカゲボウズを見かねて声をかけた。
がじがじと動かしていた口を止めて、ナックラーはすぐにカゲボウズを解放した。とりあえずカゲボウズが起きる前にゲットしておこうと、辺りを警戒しながらトモカの陰から出て、出したボールをそっと当てる。カゲボウズは光となって吸い込まれ、抵抗で揺れることなくボールはカチッと音を立てた。
よし、これでやっと帰れる!
そう思ったけれど、いっこうに霧は晴れず、ポケモンたちも辺りを警戒したままだ。そこでふと、さっき目の前に現れた何かの姿を思い出す。
そういえば、さっき見たものは、もっと暗い色をしていたような……。
――もしかして、複数いる?



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