リアルワールド | ナノ




暗い階段を、慎重に一段一段踏みしめる。バクバクと騒ぐ自分の鼓動を感じるほどに神経を尖らせ、耳をすます。
怖くない怖くない。
そう自身に言い聞かせながら、固く握られた拳に更に力を込めた。軽快な足取りで進むピカチュウは、そんな私なんてお構い無しというように階段を駆け上がって行く。
階段の両脇にぽつぽつと見え始めたお墓に、思わず顔がゆがんだ。帰りたい。その思いが頭を占める。
しかし、例えここで立ち止まっても、ピカチュウは先に進むだろう。このまま進み続けるのは嫌だけど、置いてきぼりにされてひとりでこの道を戻るのも嫌なので、結果として彼について行くしかない。
黄色い後ろ姿をひたすら追いながら、重いため息を鼻からはいた。
それにしても、こんなところに一体何があるというのだろう。ピカチュウとトモカが反応したから、何かはあるんだろうけれど。さっさと済ませて早く帰りたいというのが本音だ。
山の一角にある墓地なので、囲うように立つ木々によってますます暗さは増し、ざわざわと風にざわめく葉や枝は不気味である。ひゅるりと吹いた風に思わずびくつきながらも進んでいると、ふと視界に何かが掠めた。
怖いなら怪しいものは見なければいいのに、反射的に焦点を合わせてしまうのは何故だろうか。
パッと顔を向けた先に見えたのは、真っ暗な木々の間にぼんやり浮かぶ、白いなにか。

「っ!」

ヒュッと喉がなり、息が止まる。目を見開いてそちらを見たまま、動くことを忘れたかのように歩みを止めて固まった。
……あれ、は――。
白いそれは、動かない。もしかしたら、木の枝に引っ掛かったナイロン袋で、怖がっている私は馬鹿みたいなのかもしれない。けれど、幽霊だという可能性がなくはないのだ。
ごくり、と生唾を飲み込む。
――声を出したら駄目だ。音をたてて、もしアレに気付かれたりしたら……。

「ピカ?」

かかった声に、パッとそちらを向いた。
私がついてきていないことに気付き、固まっているのを見つけて不審に思ったのだろうか。同じように立ち止まってこちらを見ているピカチュウを視界に入れ、そこで音を立ててしまったことに気がついて、サッと青ざめた。
すぐさま白いものがいたところに目を向ける。
しかし、いたはずのところには何もなかった。ただ暗闇があるだけだ。
見間違いだった…?いや、そんなはず……。
パニックに陥りかけていたその時、冷たく湿った何かが、むき出しの左腕をなであげた。

「ひ、」

スッと勢いよく息を吸い込んだせいで、喉が悲鳴のような音をたてた。
背筋に何かが這い上がるようにぞっとし、ピキ、と石になったかのように硬直した。どこからか笑い声のような、不気味な声が耳に入ってくる。
こ、わい。怖い怖い怖い怖い怖い。
見開いた目が、じわりと潤んでくる。
ピカチュウが階段を駆け下りてくるのが、視界の片隅に見えた。
そして、いつの間に現れたのだろうか。薄く広がる白いもやが視界を覆う。
なに、これ……。
ピカチュウが鋭く鳴いたのが聞こえた。その声にハッとして、右のポケットに素早く手を突っ込み、ボールを取り出した。
もう誰でもいいから、この状況から助けて欲しくてたまらなかった。誰でもいいから、そばにいて欲しい。
そこでピカチュウを呼ぶのは簡単。だけど、今までの私に対する態度を思うと、呼ぼうと思うことができなかった。呼んでもきっと、来てくれないと思ってしまうのだ。
だから別のボールを手にとった。半泣きになりながら、そのボールを投げる。
中から出てきたのはトモカ、ではなくナックラーだった。口をパカンと開いた何とも緊張感のない様子で、周りをキョロキョロと見回す。
確かに誰でもいいとは思ったけど、ナックラーを頼りにできるかと言ったらそれは否だ。
すかさずもうひとつのボールを投げて、トモカを出した。情けない声で彼を呼ぶと、トモカは大丈夫と言いたげに守るようにそばに来てくれて、頼れる相手を見つけた私はなりふり構わずすがりつく。
やだよもう本当に帰りたい!




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