リアルワールド | ナノ




声が出ない。頭もまわらない。何も行動を起こせずに、ただ友達を見たまま固まる。
ピンと張り詰めた空気の中、友達が再び口を開きかけたその時。いきなりトモカが催眠術を放った。当然避けられるはずもなく、青く輪をかいた光が吸い込まれるように友達にあたる。
ふらり。よろけた友達が崩れるように倒れた。

「…………はー」

もう、本当にダメかと思った。知らぬ間に止めていた息を吐き出す。

「トモカ、ありがと」

どういたしまして、とトモカは鳴いた。
彼女は催眠術で眠ってしまったから、どこまでが現実でどこからが夢なのか、記憶がごちゃごちゃになっているはずだ。もし聞かれても、しらばっくれていれば夢だと思い込むだろう。
ぐるりと周りを見回して、他に人がいないか確認する。今のところは人影がなく、とりあえずは安心できるみたいだ。
友達はたぶん、どこかに避難していて、砂嵐がおさまったことに気づいて外の様子を見に出てきたんだろう。そして、私たちを見てしまった。
ということはだ。避難していた人達が砂嵐が止んだことに気付いて、同じように出てくるかもしれない。ここで突っ立っている余裕などないのだ。早くどこかに隠れなきゃ。
だけど、どこに隠れたらいい?

「ピ」
「え?」
「ピカチュウ」

突然ピカチュウが、くいくい、と私のズボンの裾を引っ張った。彼から接してくることが今までになかったので、あまりの衝撃的な出来事に固まる。それに構わず、ピカチュウはさらに力強く引っ張り、少し苛立ちの混じったような声音で鳴いた。それから地面をぺしぺしと叩いたので、なんだろうと地面に膝をつけると、勝手にポケットの中からボールを奪って、その中に入ってしまった。
え、まさか今の行動はボールを奪うためだけのものだったの…?
でも、そのためにあんな行動をとったことは今までになかった。……なんでだろう。

「ピカチュウはボールに入りたかったの?」

トモカに聞いてみると、彼はううんと首を横に振った。
違う?それじゃあ、さっきのはいったい…?
ピカチュウが何を言いたかったのか分からなくて首を傾げていると、トモカが背後に回ってきた。そして、膝を地につけたままの私の背を押してくる。

「え、なに?」

押されるがままに地面に倒れて、今度は目の前に飛んできたトモカに視線をやる。すると、彼は少し離れた場所に寝転がる部員達を指した。
えーと、つまり。

「寝ろってこと?」
「フリィイイ」

そうだよ、とトモカは頷く。彼ら二匹が言いたかったのは、他の子たちと同じように寝ておけということらしい。
言いたいことを理解して、なるほどと納得した。私だけ突っ立っていたら不自然すぎる。どこかに隠れるにしても、隠れ場所に行く前に誰かに見つかってしまったらアウトだ。それなら、ここで寝ているみんなと同じように寝ていて、何も知らないことにするのが一番いい。まあ、つまり、友達に見つかる前に私が考えていたことと同じだってことだ。

「分かった。寝とくね。トモカはボールに入ってて?」

頷いたトモカにボールを向けて、中に入ってもらったあと、ピカチュウとナックラーが入ったボールと一緒にポケットに入れる。ポケットにある三つのボールを、ズボンの上から触って確かめながら、目を閉じた。
誰か来る前に寝れるといいけど。狸寝入りが苦手ってわけじゃないけど、得意でもないし。それにしても、砂利が当たって頬が痛い。起きたら絶対頬に型がついてるだろうなあ。
暑い日差しを頬に感じて、早く誰か見つけてくれないかなと思うと同時に、この暑い中運動場に寝転がるなんて本当に何やってるんだろうと、バカみたいな自分が可笑しくてたまらなかった。


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