リアルワールド | ナノ




あの後。友達に起こされてから、いつの間にか寝てしまっていたことに気付いた。部活した後だったし、今思えば寝てしまったのは当然だ。真夏の太陽の下に何時間もいると、目がしょぼしょぼして疲れた瞳を休めたくなるし、体もそこそこ疲れている。
目が覚めてから、なぜみんな寝ていたのか、一体何が起こったのか、とみんなは話し合いを始めた。私は周りに合わせて、一体なんだったんだろうと同じように首をひねった。結局、答えが出るはずもなく、部活を続けるような雰囲気でもなかったので、片付けとグラウンドの整備をして解散となった。話し合いや片付けの最中、時々あの子の視線を感じたが、知らないふりをして、何もなかったように自然な態度を貫いた。
そうして、精神的な疲れを感じながらゆったりと自転車をこぎ、家に帰りついて真っ先にお風呂場に直行した。冷たいシャワーを浴びて全身の砂を洗い流し、タオルでささっと拭く。短パンとTシャツ姿になって、肩にタオルを引っかけ、一緒に風呂場まで持ってきていたスポーツバッグを手にとった。
自室に向かい、バッグを床に置いて、倒れこむようにベッドに突っ伏した。

「ああーつーかーれーたー」

ボスン、とベッドが揺れる。水に近い冷たさのシャワーを浴びたため、少し肌寒さを感じていたが、じっとしているとだんだん暑くなってきたので、一度起き上がって扇風機をつける。その際スポーツバッグが目につき、そういえばナックラーを転送しなければ、と思い出した。
カバンのチャックを開けて、DSと、シャワーを浴びる時にズボンのポケットからバッグに移していた三つのボールを取り出す。
DSを起動しつつ、ナックラーのボールを準備しておこうとした時、のばした手はボールに届く前に止まった。
……ナックラーのボールって、どっち?
三つのうち、傷のついたボールがピカチュウなのは分かるが、他の二つは区別がつかない。どっちだろうと考えて、とりあえずどっちかを開けてみなくちゃどうにもならないと開き直り、勘でこっちだと思う方を手に取った。
ボタンを押して、中の子を出す。

「……あたりー」

現れたのはナックラーだった。
見つめていると、ナックラーは少しばかり首を傾けて、つぶらな瞳をぱちぱちさせる。…なかなかかわいらしいじゃない、この子。
それからどうするのだろうと見ていれば、ふと気づいたようにキョロキョロと辺りを見回す。アテレコするなら、どこだろうここ、といったところだろうか。
ナックラーはてこてこと歩きまわり、ベッドのそばに落ちていたクッションの前で立ち止まった。こてり、と首を傾げて、額のあたりでクッションをぽすぽすと押す。
クッション、見たことないのかな。かわいらしい仕草に微笑ましく見守っていると、ぐいぐいと頭から突っ込んでいたナックラーはクッションから離れ、次の瞬間。
がぶり。

「あーっ!」

鋭い歯が生えそろっている口を大きく開けて、クッションに噛み付いたのだ。あわてて引き離そうとするも、柔らかいクッションにいくつもの歯が食い込んでいて離れない。

「噛んだらだめ!食べ物じゃないんだから!」

声をかけても、ぐいぐいクッションを引っ張っても、ナックラーはクッションに噛み付いたまま。それどころか、何度も噛みなおし、たくさんの噛みあとをつけるばかり。
ポケモンフーズで気を反らせてクッションを取り返してもいいが、DSから取り出しているうちにクッションがいいおもちゃにされるかもしれないので、それはできない。頭を軽く叩いてやろうかとも思ったが、叩いた瞬間に手をがぶり、とやられることも考えられるので却下。
となれば誰かに手伝ってもらうしかないと、ひとつのボールを手にしたところで、あ、と気が付いた。
いったん持ったボールを置いて、ナックラーが入っていたボールに持ちかえる。それをナックラーに向かってかざせば、赤い光となってナックラーはボールの中に吸い込まれた。もちろん、クッションはこの場に残されたまま。

「最初からこうすればよかった……」

ナックラーに引っ張られる力がなくなった瞬間、飛び込んできたクッションを抱えてつぶやく。持ち上げてその姿を見てみれば、いくつもの穴が開いた、無残な姿に変わっていた。こんなにボロボロなら、捨てないといけないかなあ。
お気に入りだったというわけではないが、何年か前からあるこのクッションは、部屋にあるのが当たり前だった。なので、こんなことになってしまって、少しばかり悲しい。
ごめんね、とクッションを軽くぽんぽんと叩いて、床に下ろす。
とりあえず、クッションのことは置いておいて、先にナックラーを転送しなければ。
右手に握ったままのボールを、トモカのボールとまざらないように少し離れた場所に置いて、DSを手にとった。
そしていつものように転送したあと、お昼ご飯をまだ食べてないことに気付いた。今日はいろいろあったから、すっかり忘れていた。私はそんなにお腹がすいてないから抜いてもいいけど、ポケモンたちはそういうわけにはいかない。ナックラー戦での汚れを落としてあげたりすることも、まだしてあげてなかったと、すぐさまフーズなどの準備にとりかかった。準備を終えて二匹をボールから出そうとした時、開きっぱなしにしていたDSの画面の端に、転送マークが表れたのに気が付いた。
オーキド博士から転送?なんで?
ひとまず現れたボールを持って、理由を聞くために通信を開始すると、上の画面にオーキド博士が映った。それはいつもと同じだったが、後ろに映るたくさんの機械の一部から煙が出ているのが分かり、目をまるくした。

「あのー、機械から煙出てますけど……」
〈よいか、チアキ。大事なのは仲間じゃ〉
「は、はあ…」

言った言葉と全く関係のない返事をされて、面食らったが、とりあえず生返事を返す。

〈仲間は多ければ多いほど良い。多すぎるのはどうかと思うがのう〉
「はい…」
〈今、チアキには仲間が必要じゃ。目的を達成するための仲間が。…チアキ、チャンスは生かさなければならん。今、チアキに渡したポケモンは、もとは野生であったポケモンじゃ。少々困ったところもあるが、いい仲間になるだろう〉
「え、この子を手持ちに?」
〈そうじゃ。では、頼んだぞ〉

そう言って、オーキド博士はいきなり通信を切った。なんだかそそくさとしていたのは気のせいだろうか。
少し不審に思いながらも、わくわくと膨らむ期待。いったい博士はどんな子をくれたのだろう。ドキドキと胸を高鳴らせながら、新たな仲間のボールを放った。

「……え?」

光がポケモンを形作った瞬間、口からぽろりと言葉がもれた。
ありえない。いや、あってもおかしくはないんだけど…!
まさかの展開に目を見開いて見つめる先には、同じようにこちらを見つめ返すつぶらな瞳があって。
彼の関心がボロボロのクッションに移る前に、私はナックラーをボールに戻したのであった。



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