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「あ!」

声をあげるも、ナックラーは穴の中に消えたあと。ピカチュウがあとを追うように駆け出していたが、ナックラーが地面の中に潜ってしまったのを見て、穴の少し手前で立ち止まった。と、足下の土が盛り上がり、ピカチュウは即座に跳び退く。
ボコッと地面を押し上げて、そこからまたもやナックラーが顔を出した。避けて着地したピカチュウの姿を見てから、またひょっこりと穴の中に戻っていく。そして、またその場からピカチュウが跳び退いたかと思うと、その下からナックラーが。まるでもぐら叩きみたいに、足下からぴょこぴょこ飛び出してくるナックラーにイラッとしたのか、ピカチュウは頬に電気を帯び始めた。
あ、と思い止めようとしたが、口が開くよりも先にピカチュウは放電した。大きな電気の光がナックラーを襲う。しかし、ナックラーは屁でもない様子で、のんきにパカンと口を開けたまま攻撃を受け入れた。
何事もなかったようにまた地面の中に戻っていくナックラーにますますカチンときたのか、表情を険しくさせるピカチュウ。
そんな彼の様子に、目立つ行動をし過ぎだと焦り半分、この砂嵐の中でよくあんなに動けるものだと感心半分。どうやってピカチュウを落ち着かせ、ナックラーをゲットしようかと様子をうかがっているうちに、ピカチュウは再び足下に気配を感じて飛び上がる。その直後、ひょこっと顔を出したナックラー。それを狙っていたのか、先ほどよりも浅く飛び上がっていたピカチュウは、今度はすかさず体をひねってアイアンテールをお見舞いした。横から打ち込まれたアイアンテールによって、ナックラーは地中から放り出される。
ええええ!
唖然とする私の側から、ひらりとトモカが前に出る。砂嵐の中を力強く羽ばたいてピカチュウのもと、すなわちナックラーの近くまで行ったトモカは、やわらかな青い光を放った。アイアンテールが急所に当たったのか、すぐに起き上がることができていないナックラーに、トモカの催眠術が命中する。とたんに眠りに落ちたナックラーが地面に倒れるのとともに、吹き荒れていた砂嵐が緩やかにおさまっていった。
……ええええ。
トレーナーの私が何もしてない……ん?一回くらいは指示したっけな。と自分の出番の無さ具合を虚しく思いながら、手持ち達と、その彼らのみで倒されたと言っても全くもって過言ではないナックラーを見る。晴れた視界の中、ぐうぐう眠っているナックラーはよく見えた。
万が一を考えて、ひとつだけポケットに入れていた空のモンスターボールを取り出し、彼らのもとまで歩み寄る。こつん、とボールを赤い体に当てて中に収めると、ほとんど抵抗せずカチリと音をたてた。それを持って、ホッと一息つく。
静けさが戻った辺りには、眠り粉を吸い込んだか、または催眠術が当たったかのどちらかによって眠っている部員や、サッカー部や野球部の人達がちらほら。けれど、そんなに大人数ではない。他のみんなは一体どこに避難したのだろうか。
そんなことを思いながら、一番近くに倒れている子のところまで歩いて行き、様子を見る。ぐっすり眠っている様子に安心したが、身体中砂まみれの姿に罪悪感がわいた。地面から直接砂が当たって痛かっただろうし、もしかしたら無防備な鼻にも砂が入ったかもしれないと思うと、申し訳なさでいっぱいになる。眠っていなかったら、こんなに砂まみれにならなかっただろうに。
ごめんと心の中で謝り、ふと自分の身を確認すると、その子ほど酷くはないが、体のあちこちが砂だらけだった。髪の中に指を突っ込めば、頭皮にざらりとした感触。さらしている腕も首も、更には服で覆われている部分さえも砂でコーディネートされていて、うわあと顔をしかめた。
これはひどい。早く帰ってシャワーを浴びたい……けど、部活とか一体どうなるんだろう。みんな起きるまで待った方がいいよね。目が覚めて、私だけいなくなってたら怪しいし。ここは何も知らないふりして私も地面に寝っ転がってたほうが、

「ピ!」

切羽詰まったような、それでいて押し殺した鋭い声が聞こえて、とっさに振り返る。そしてピカチュウとトモカの向こうの景色が目に映った瞬間、思考回路が停止した。浮かんだのは、ヤバいという言葉だけ。

「チアキ、なに、それ……」

恐怖と不信感が入り交じったような表情の友達の小さな声が、静かな空間にとても大きく響いた。



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