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どこを見て、何を見て、ピカチュウがこちらに残ることにしたのか分からないが、残ってくれたという事実には変わらない。彼なりの考えがあったのだろう、とこのことに関して考えるのは取り敢えず置いておくことにして。

「チアキー!バックホーム!」

高く上がった白い球を追いかけて、掴んだそれをホームベースに送球。外野からワンバウンドして送られてきたボールを、キャッチャーの子は全身を使って受けとめた。

「わー!ごめん!」

キャッチャーの子に謝るのは、今日で何回目か。最近は送球がいまいちで、投げたボールがなかなかうまく飛んではくれない。一年生のころは何も考えなくてもきれいな送球ができたのに、今では考えてやってもダメダメだ。
次の子にノックされたボールが飛んで、ライトの子がキャッチ。その後ろに走ってカバーに入っていた私は、ボールがホームに返されるのを見て手をぷらぷらと揺らしながら、自分のポジションに戻る。
先日痛めた右手は、思い切り使うとちょっと痛むけど、気を使うほどではない。ピジョンの電光石火が直撃しなくて良かった、と本当に思う。
9つのポジションに、顧問の先生が順番に打球を飛ばしていく。そうやって先生が打ってきた球を捕球することを、ノックと言い、その捕ったボールをホームに向かって投げるのが今やっている練習だ。
他のポジションの子が順に捕球していくのを眺めて、そろそろまた自分の番がくると構えた時、サラサラと辺りの砂が巻き上がった。風が吹いたのだろう、と特に気にならなかったそれは、次第に強さを増し、気が付けばビュォオオと砂が吹き荒れるまでになった。半袖からのぞく手や顔に砂が当たって痛い。

「きゃー!痛ーい」
「大丈夫?」

女の子らしく可愛らしい悲鳴をあげて縮こまっているライトの子に、思わず笑ってしまいながら声をかけた。
腕で顔を覆わなければならないほどに砂は巻き上がり、先生は、いったん部活を中止するとみんなに告げた。
顔を覆っている腕の下から、他の部活の様子を見たが、砂が酷くてなかなか見えない。かろうじて、サッカー部や野球部の人影が避難するように走っているのが見えた。こっちの部も避難するらしく、キャプテンがみんなを呼び集める声が聞こえる。
今までに見たことないほど凄まじい砂嵐。今日はそんなに風は吹いていなかったし、吹いていたとしてもこれは異常過ぎる。
――まさか。
ハッと嫌な予感がして、辺りを見回した目に、人間ではない小さなシルエットが映った。
ええええ何もこんなところに出没しなくても…!
しかし、出てきたものはしょうがない。誰かに見られるかもしれないとヒヤヒヤしながら、ジャージのズボンのポケットから、モンスターボールを取り出す。こんな事態になるとは思わなかったけど、まさかの時を考えて、部活中も携帯しておいて本当に良かった。

「トモカ、みんなに催眠術と眠り粉!」

砂嵐で掻き消えたモンスターボールの開閉音。中から飛び出したトモカは、荒れ狂う砂に青くきらめく粉を混ぜこんだ。茶色い視界に、キラキラと青が踊る。
間違って吸い込まないようにと、服の首もとを引っ掴んで口と鼻を覆った。眠り粉を辺りに撒いたトモカは、今度は私を背にして周りを飛びながら、手当たり次第に催眠術をかける。

「大丈夫?」
「フリィイ」

砂嵐に時折煽られそうになりつつも、トモカは力強く頷いた。
砂が目や鼻に入ったりしないように、みんな顔を腕で覆ったりしているだろうけれど、やらないよりかはマシだろう。これでみんな眠ってくれたらいいんだけど。
進化してバリエーションの増えた技をふんだんに使いながら、周りの様子をうかがう。視覚が可能な範囲内に人の姿はなく、ひとまず安心した。

「トモカ、翅は大丈夫?」

あまりの強風に加え痛いほど吹き付ける砂に、トモカの薄い翅が破けてしまいそうだと声をかけた。それに対してもしっかり頷いて返してきたトモカだけど、少し心配だ。
バトルは1対1、という感覚が何故か頭に染み付いているけれど、この状況で彼一匹では少ししんどいし、なるべく早く終わらせなくてはいけない。なので、再びポケットに手を突っ込み、ピカチュウを繰り出した。
出てきたピカチュウは、凄まじい砂嵐に顔をしかめる。それでもやる気はあるらしく、パチッと小さく放電した。
相手はきっと地面タイプ。飛行タイプと電気タイプには不利な相手だよね……。それでも何とかするしかないんだけど。
相性は悪いが数は二倍だ。

「ピカチュウ、アイアンテール!」

とにかくまずは攻撃だと、ピカチュウに指示を出した。電気技は効かないし、何より目立つので使えない。
酷い強風の中、四肢を踏ん張って駆け出したピカチュウは、小さな影に向かってアイアンテールを繰り出した。が、突然影はその場から消えた。着地したピカチュウは、キョロキョロと辺りを見回す。
その時、ボコッとピカチュウの足元の地面が盛り上がった。間髪容れずに中から勢い良く何かが飛び出してくるのと同時に、ピカチュウの体が浮く。

「ピ!?」

淡い不思議な光を発するピカチュウの体は、そのままこっちまで運ばれてきて、ゆっくりとおろされた。
ピカチュウはトモカを振り返って、一声鳴く。ピカチュウを助けたのは、トモカの念力だったようだ。

「ありがとうトモカ」

あのままだと機転のきいた指示を出せずに、ピカチュウは攻撃を受けていただろう。トモカにお礼を言ってから、先ほどまでピカチュウがいた所にさっと視線を滑らせた。
すると吹き荒れる砂の向こうにある穴に、うっすら見えた赤く丸いもの。パカッと口を開けた姿に、見覚えがある。

「えーと、な、な、な……ナックラー?」

大きく口を開いたナックラーはこちらの様子なんて気にする素振りも見せず、ひょこりとまた穴の中に消えてしまった。


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