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「ピカチュウ、元の場所に帰ろうか」

ピジョン確保のあと家に帰り、感じた少しの寂しさを表に出さないようにしながら、それでも彼が望んでいることなのだと、笑顔で優しく声をかけた。ちょっとの間だったけれど、ピカチュウとあえて良かったなあ、欲を言えば仲良くなりたかったなあ、なんて感傷に浸ってみたり。しかし、有ろうことか、ピカチュウは私の言葉に、尻尾ビンタを返してきたのである。

「いったいッ!」

叩かれた足をさすりながらピカチュウを見るが、彼はどこ吹く風といった具合に知らんぷりしている。なんて尻尾癖の悪い子…!

「…そんなことしてると、仲間に加えるぞ」

ピカチュウに効果抜群の言葉を突き付けた、つもりだった。
くるり、とこちらを見たピカチュウは、じ、と私を見る。

「…ピ」
「え、なにってわああああちょおおおお痛ああああ!」

往復ビンタのごとく、ビシビシと叩いてくる。慌てて腰掛けていたベッドの上に足を引き上げ避難させるが、追い討ちをかけるようにピカチュウもベッドによじ登ってきた。

「タイム!ターイム!」

足を抱えて丸まると、今度は背中をビシバシやってくる。タイムと叫んでもお構い無しだ。
ぎゃーぎゃー騒ぎながらベッドの隅に縮こまっていると、その様子を見ていたトモカがひらひらと飛んできた。そして、その手に持っていたモンスターボールを私に差し出す。傷の入った、ピカチュウのモンスターボールだ。

「え、なに、トモカ」
「フリィイイ」

両手を出してボールを受け取ると、私の手に乗ったボールを押しつけるように、トモカは自分の手をボールの上に乗せた。

「ボール?え?」

訳の分かってない私をじっと見て、トモカは私の手を包むように自分の手を添えた。そして、ボールを包み込むように押して、両手でボールを握らされる。それを私の胸元にぐいっと押し付けられた。

「フリィイ」

何かを訴えるようにトモカが鳴いた。
これって、もしかして、もしかする…?
トモカがボールを手渡してくれたあたりから攻撃をやめていたピカチュウに、視線を移す。

「……あっちに帰るのと、このまま残るの、どっちがいい?帰りたかったら右手、残りたかったら左手をあげて欲しい、んだけど……」

まさか、と思いながら尋ねた。そうして、ピカチュウとじっと見つめあうことしばらく。決して目をそらすことなく、ちょこん、と上げられたのは、左手。……左手ってことは……え?

「残る…?て、残るの!?本当に?本当にそれでいい」
「ピッカァ!」

鳴き声に言葉をあてるならきっと、「くどい!」だろう。今までで一番重い尻尾ビンタが、私の脛を襲った。

「いいいいいっ……!」

ったい!脛を両手で押さえ、ベッドの上でごろごろ転がり、痛みに悶える。近くに浮いていたトモカは首を左右に振って、ベッドに降り立ち、ピカチュウの隣に並んだ。トモカの仕草には「やれやれ」という呆れが混じっていたような気がしたが、気のせいだろうか。
じんじんと痛む脛をさすりながら、私はきちんと座って、ピカチュウの選択が本気なら、と口を開いた。

「自由に外に出してあげられないし、他にもいろいろ不自由させてばかりだと思う。あと、バトルとかでも私の指示を聞いてほしい。それでも、ここにいる?」

ピカチュウは私をまっすぐ見つめて、頷いた。

「じゃあ、今日からピカチュウは私の手持ち」

よろしく、と恐々右手を差し出した。ピカチュウはこの手をとってくれるだろうか、と内心は不安でいっぱいである。
差し出された手を見て、私の顔を見て、それからまた手を見て。ピカチュウは、くるりと後ろを向いた。
拒否された…!とショックを受け、差し出した手が無意識に高度をさげていく。やっぱり、本心では私のことが嫌いなんじゃないか。さっき頷いたのは嫌々で、本当はこれっぽっちも協力してやるもんか、と思ってるのかな…。
泥沼に嵌る思考回路と共に右手が下がりきる前に、ぺち、と何かが手のひらに当たった。ピカチュウにやっていた視線をおとすと、私の手に当てられていたのは、黄色いギザギザのしっぽ。

「……ピィカチュ」

背を向け、少しだけこっちに顔を向けたピカチュウが、小さく鳴いた。
とたんに、自然と顔には笑みが広がり、右手だけでなく左手も使って、ピカチュウの傷跡のついたしっぽを包み込んだ。

「よろしく、ピカチュウ!」


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