▽ 26
「あー、ちょっと高いんで、管少し抜いてくださいっす」
「お、おう」
「返事はおうじゃなくて、はい。ね、染岡くん?」
にっこり笑いながら言う柚が怖い。怖い。大事だから二回言った。普段はのほほーんってしててほわっとした雰囲気の柚だけど、いわゆる部長モードの時は怖い。言い方とか優しいけど、なんだろうこう雰囲気が違うというかね…!
というわけで全員のチューニングが終わりましたやっふー。皆初めてにしては上出来だと思う。例えば鬼道さんは、家柄が家柄だけにクラシックとかを聞いてた影響で音に敏感だった。敏感なのは豪炎寺くんもそうで、こっちは水希が家で有名なトランペッターのCD流したり一緒にコンサートへ行ったりしてたらしい(なんだかんだ仲良いよねあの兄妹)。それからそう、マックスは君どこまで器用なのって突っ込みたくなるくらいさらりと音程を合わせてきたし。こりゃ二日後、三日後の成長が楽しみになるくらいみんなの成長が早くて嬉しい限りだ。
「じゃあ、一回全員でB♭お願いします。チューナーはつけていいんで、さっき合わせた感覚を思い出しながら吹いて下さいねー」
「はい!」
「はいさー!」
「…名前?」
「ごめんなさい部長」
++++
現在の時刻は五時半。マジで感謝!の合奏中で、今は金管のフレーズの取り方の修正中。最終下校時刻は六時十五分なので、そろそろ片付けの時間だった。
「そこは大きいフレーズ感持った方がいいですね。あと、そこのメロディー以外の刻みは次に繋ぐ大事なとこなんで、音を捨てずに歯切れよく、って感じで」
「はいっス!」
「じゃ、もっかい全員で最初から。これできたら今日は終わり、すかね?」
「うん、そうだね」
同じように時計を確認した成神に柚も頷いた。ってことでいきまーすという成神の言葉で楽器を構え、タクトの先を見据える。本当ならタクトだけではなくて他にも見る所はあるけど、今はまだいいや。皆がもう少し慣れて、楽譜から少し目を離せるようになってからだ。
いち、に、さん、し。そこから流れ出した音はたどたどしくて、そりゃあ間違いもたくさんあったけど、どこか形を持ちかけた芯のようなものがあった。
――柚の軽快なドラムと、随所で盛り上げ、リズムを生むパーカッション。水希と豪炎寺くんの高らかなトランペットの響きに、竜吾と風丸の予想以上に力強く支えてくる低音。
「……え、」
微か、ほんの微かに、とくん、と。いつぞやトランペットの音に感じたような疼きを感じた。それはどうにも不思議で、心地よい感覚で。
指こそ回りきってはいないが既にいい音色を捉え始めてるフルートとクラリネット、重厚な和音を生み出すだろうと思わずにいられない四本のトロンボーンによる和音の片鱗。ホルンがなぞる滑らかなオブリガード。
その中でホルンを構えている守の姿は、ハッとするくらいにゆったりと、しかし力強さを感じさせる構えだった。
そして、隣の涼野が持つ、僕の大好きな音が旋律を奏でて、――途切れた。
成神が指揮を止めたのだ。…もう後2小節で僕も吹くところに突入するところで。ぼーっとしてた、危ない危ない。
「びっくりだな…いい感じでした。予想よりずっとよくなった」
「!ほんとか!」
「はい、ホントに。あんた達皆、言われたことをイメージして音にするのが上手いみたいですね。楽器との相性も良さそうですし」
楽器との相性…うん、間違いなく柚の目利きが良かったのもあるんだろうな。
「だからこそ、今日言われたことはこの場限りのことにしないで、明日の個人練習に生かしてくださいっす。短い期間でもあんた達なら上手くなれる…もちろん、しっかりやったら、の話っすよ」
「はいっ」
「ま、俺も頑張りますから、改めてよろしくお願いします。んじゃあこれで今日の合奏は終わりで」
「ありがとうね、成神くん!それじゃあ起立!そして気をつけ、礼」
「あっ、ありがとうございました!」
礼をして片付け始めた涼野の方を見ると、偶然にも目が合った。久し振りの合奏だったからか少し眠そうな顔をしていたが。
「やー、お疲れ涼野ー。そして守を教えてくれて本当にありがとう…!そっき見た時ちゃんと指動かせてる守が見えて感動したよ僕は…一体どうやって覚えさせたの?」
「いや、まあ…彼が好きなことになぞらえて教えたのさ」
「守の好きなことって、え、サッカーに?」
「ああ。詳しいことは復習がてら本人に聞くといい。それより名字、」
「ん?」
「君、最後の時、様子が変だったが。何かあった?」
「あ…うん、えっと」
なんて言えばいいんだろう。あの時感じた疼き。ほんの微かでいて、とてつもなく大きな期待を感じさせる疼き。
…そう、あの感覚は。
「わくわく、してたんだと思う。たぶんね」
このメンバーで奏でる音の全てに。まだまだ不完全でばらばらなこの音たちが、不完全ながらそれぞれの魅力を持っていたから。
成神の言うとおりだ。このメンバーは上手くなる。そうして完成した音が一つにまとまったらどうなるかを考えると、どうしようもなくわくわくしてくるんだ。
そう、この感覚。すっごく久し振りだ。とにかく吹きたくなるこの気持ち!
「そう、わくわくだ。楽しみでしょーがないんだ、僕!」
「…なるほど、ね」
「うん!だから、僕もっと頑張ってみせる!もっともっと自分の響きを、見つけたいんだ!」
「…楽しそうなとこ悪いけど、あんた達早く片付けなさい。もう六時よ」
水希に言われて慌てて片付け始めた僕を見た涼野が、心なしか楽しそうに笑ったような気がした。
さあ、響きを探しに行こうか?(…って、涼野も片付けしないと駄目じゃん!)
12/07/01
prev /
next