▽ 25
「わかった、やるだけやってみよう。名字はトロンボーンのメンバーを見てくるといい」
「救世主!救世主がご光臨しなさったー!」
「…大袈裟すぎ」
ありがとう涼野、君がいるから僕ももうちょっと頑張れる気がする。感激の余り涙出るかと思った。守のことは頼んだよ…!
なんともタイミングのいいことに、守を連れて教室を出ていった涼野とすれ違うようにしてトロンボーンの三人が帰還。頬が少し紅潮していて、いい感じに走ってきたみたいだ。
「おっかえりー!じゃあ早速だけど、今の状態でロングトーンやってみようか!」
「ええっ、休みたいっす先輩…」
「休んだら走ってきた意味なくなるでしょーが」
今は三人に大きな音を出す感覚を掴んでもらうのが目的。ロングトーンの精度自体はあまり気にしないからとにかく息を吹き込め!
…と伝えれば了解してくれたようで、各々がトロンボーンを構えた。
「お腹で支えるのを忘れないでねー、じゃあ、いち、に、さん、しー」
一気に鳴り出す音。音量はさっきより格段に大きいし申し分ない。音の発音だとか揺れだとかはあるけど、まあ、今そこまで求めるのは無理だろうし。…っていうか、ここに至るまでの成長速度も尋常じゃないけどね!
「び、びっくりした…トロンボーンってこんなに大きな音が出るんだね!」
「俺も自分で出した音ながらびびったっス……」
「俺もびっくりした…………」
ま、なんかわかったみたいだからいいんじゃないかな!と、思う。
「とりあえずは日々このくらいの音量目指してーファイトォォォ!」
「はいっスゥゥゥゥ!」
「おおう声まで大きくなったね壁鳥くん!いい心掛けだ!それじゃあまた楽譜の練習に戻ろうか」
「と、鳥じゃないよ名前ちゃん…!」
++++++
時は流れて今は四時。つまり、皆さんお待ちかねーな合奏の時間です。
「全員集まりました?じゃあ始めるっすよ」
「了解ー。そんじゃきりーつ、れーい、お願いしまぁぁぁぁす!」
「お願いします!」
合奏前の挨拶、おーけー。やっぱこれがないとビシッと始まらないよね!
そしてそこの風丸くん、気になるのはわかる、わかるけど気にすんな。例え僕の隣に座る涼野が伊達メガネ&目深に被ったニット帽&ね…ねっくうぉーまー?のトリプル装備だとしても気にしないでおくんだ。
……ほら、涼野ってば校内で極力人に知られないように全力尽くす人だからね、吹奏楽部以外の人にあんまり知られたくないんだって。さっきの守とのご対面の時もねっくうぉーまーとやらをしっかり引き上げて顔隠してらっしゃったし。…にしてもここまで必死なのも初めて見た…相手が校内中で有名なサッカー部だからとか?うーん…?
「まずはみんな、個人でチューニングはできてる? 」
「できた!」
「よしよしよくやったね名前ー」
「水希さん棒読みやめて悲しい」
涼野の行動についてはさておき、基本、合奏の始めにやることといったら楽器のチューニングの確認だ。そもそもチューニングって何かって言うと、調律する…簡単に言って、楽器の音程を合わせること。
少し詳しく言うと、例えば同じ"B♭(ベー)"の音でも、(ちなみにこれはドイツ音名。テナーサックスならド、アルトサックスならソ、他の楽器だとシ♭だったりファだったりに当たる音だ)楽器の癖や種類、それから気温や室温の違いなんかで、高くなったり低くなったりする。それを丁度よく同じ高さに揃えてあげるんだ。
個人でチューニングをするときは、ほとんどの場合チューナーっていう機械を使って音を確認する。B♭の音をまっすぐ吹いた時のチューナーの画面を見て、高かったり低かったりしたら調節して音を合わせていく。
演奏では当然、全員の音をぴったり合わせなきゃいけない。だから合奏前には奏者全員合わせて全体のチューニングをするけど、その時に何もしない状態で全体チューニングしても揃わない。ので、あらかじめ個人やパートで揃えておくのが大事になってきます。
「今日はだいたいあってればそれでいいよ。やり方を覚えてくれればいいからね!じゃあ成神くん、あとはよろしく!」
「了解っす。んじゃ、オレ、チューニングは高音楽器からやるんでフルートから…って言いたいんすけど、正規部員によるお手本あった方がいいっすよね。てことでまずはできてるって言ってくれたサックスからいきまーす」
「えっちょっ」
「あ、先にアルトの1stからやるんで、名前さんはそこのソプラノ準備ししててください」
今、僕の左隣にはソプラノ・アルト・バリトンサックスが並んでる。なんでそんなにたくさんあるって、そりゃ通常時から人がいないから持ち替えしなきゃやってけないのさ…!
ソプラノちゃんを首にかけてる間に、涼野のアルトサックスのチューニングは終わっていた。さすが涼野、早い。一発でぴたりと合わせてた。
僕もソプラノちゃんを構えて息を吹き込み、B♭の音を鳴らした。そしてアンプに繋いだハーモニーディレクター、略してハーディレから聞こえる基準音との間に波のような揺れがないか探ると…まずいね、あったよ。この感覚だとちょっと低いんだと思う。
管を調節して再度チャレンジすれば、波が消えて一本の音にまとまった。これでソプラノちゃんのチューニングはオーケーだ。
「今、音と音の間に波のような揺れあるのわかりましたー?最終的にこの揺れがないようにしてくださいっす…ってほら、名前さんはさっさと次のアルト用意でしょ」
「ちょっとくらい時間くれ、僕そんな早く付け替えらんない」
「嫌っす」
「どういうことなの」
「困ってるとことか面白そうなんで」
「ちくしょうほら付け替え終わったよ!」
チューニングタイム!(次は…ってうわああ冷えすぎてめっちゃ低いよバリトンくんんんんんん)
++++
チューニング
…楽器の音の高さを合わせること。(調律などの意味を示す英単語。)
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