響け僕らの | ナノ


▽ 24

「じゃーホルンさんにも聞こう。どんな感じ?」

「死亡フラグまじやべえって感じ」

「えっ?」


俯く少林くん、どこか苦い顔の守、そして遠い目でフッ…と笑った堀っち。待って何これ聞くの怖い。



「それがね、まず根本的に問題があったりあったりあったり…ふふふふ…」


トロンボーン達を走りに行かせたあと、さあ次はホルンだと向き直ったらこれだ。問題あったりあったりあったりって問題しかないじゃないか。

遠い目をしたまま笑っているのは、通称堀っちこと堀瑠衣さん。帰宅部である彼女はこの前僕が女の子達を追っ払った際に助っ人を申し出てくれた人で、やっぱ何かしら部活をやろうかと考えていたところだったらしく、顧問が戻ってきたら正式に入部してくれるらしい。やったね!…じゃなくて!


「えーと、根本的な問題ってなんぞや?」

「あー…その、ごめん」

「?」

「…なんかさっぱり覚えられない!」

「はい?」

「そう、そうなのー。頑張ってるのはわかるんだけど、ね…!」

「…あの、話が見えないんですけど」


++++


要するに、だ。


「守は指使いが覚えきれない。少林くんは音を支えきれない。堀っちは低音が鳴りきらない。で、それらの理由で譜読みはだいたい出来てるのに吹けない」

「…」

「加えて、なんか指で動かして音変えるとこ、えーと、レバーだっけ?が動きにくかったりで、いまいち楽器の調子が良くないと」

「ざっとそんな感じです」

「…………」


やっべぇ、重症だ。

合奏まで残り1時間で全部どうにかする?…流石に無理かなー!うん!だけどやるしかないっつーかやらないよりはましだ!と、思う!
……どうしよう明るい未来が見えない…!

膝をついて嘆きたくなったのをぐっと我慢し、ひとまずできることから手をつけようと決意した。やるだけやってみよう。


「じゃあまず少林くんは隣の教室に移動してロングトーン15分!それが終わったら曲練習やってー」

「は、はい!」

「んでね、音が支えられなくて必要な分伸ばしきれないってのだけど、たぶん少林くんはお腹の支えがまだ足りないんじゃないかな?」

「お腹の支え…ですか?」

「吹く時に息の量を一定にしてあげないと出る音がばらばらな強さになっちゃう。だから、お腹に力を入れて息の量が一定になるように支えるんだ。これ意識して吹いてみたら少しは変わると思う」

「わかりました!」


今少林くんに言ったことはどの管楽器にも当てはまる。しっかりお腹で息を支えることができれば、音のぶれもなくなるはずだ。

そして残る2人に関しては…守は長くかかりそうだし、まずは堀っちからか。


「堀っち、低音がいまいち鳴らないんだよね?」

「うん」

「レバーも動きにくいんだよね?」

「うん。これでも念入りに手入れしてみたんだけど」

「そっか…。それ、鳴らないのは堀っちのせいだけじゃないと思う。たぶんそのホルン自体に問題あり、かと」


だってそれ、学校の楽器だもんなあ。一応手入れはしてたみたいだけど、調整には年単位で出してないんじゃなかろーか。本当は定期的に調整に出してあげたいけど、部費的な問題で出せないんだよね。

楽器を調整に出すってのは、悪いところがないか見てもらったり直してもらったりと、言葉通り調整してもらうこと。人間に喩えるなら、病院で診てもらうってとこだ。あんまり酷いようなら入院、つまり何日か預けなきゃいけないときもあるし、それ相応にお金もかかるわけで。だから使う人がいない楽器は本格的な調整には出せないのだ。

今の(正規部員の)ホルンパートは、自分で買った楽器を使ってる子が2人。学校楽器を使ってるのは1年生1人だけのはず。んで、去年いたホルンパートの先輩は2人とも学校楽器で、今1年生が使ってるのはそのうちの1つ。…ということは。


「あのね、学校にあるホルンのうち、1つは使ってるからこの前調整出したんだ。それと去年までは使ってたからまあ大丈夫ってのも1つある。…でも、他のはしばらく使ってないみたいなんだ」

「……ああ、もしかして…?」

「…うん。守の使ってるホルンが調整済みのやつ、少林くんのが去年まで使ってたやつ…で、堀っちのは……使われてなくて少なくとも2年は調整出してないと思われるやつ」

「…そりゃレバーも動きにくくなりますともよ」

「低音鳴らないのも調整出してないからどっか変なんじゃないかなぁ、あははー…」


だから堀っちのはどうしようもないのだ。本当に申し訳ない。
近々楽器屋さんの人が学校に来てくれるはずだから、その時応急処置をしてもらおう。


「まあ、とりあえず頑張るから大丈夫よ。楽器屋さんが来る日取りがわかったら教えてね」

「了解しました!」

「じゃあ私もロングトーンやってくるね。だから、後は頼んだ!」


爽やかに言い切り、すたたっと移動してった堀っち。そして残された僕と問題児、守。
…これ逃げたね、堀っち間違いなく逃げたね。そんなに重症なのか守は。


「ねえ、とりあえずドレミファソラシドでいいからさ、何も見ないで吹いてみてよ」

「!お、おう…!」


楽器を構えること5秒。
ドが鳴る。レがなる。そしてドが鳴…なんだと?


「待て待てなんで戻ったの?ドーレードーってそんな馬鹿な」

「…ごめん」

「本当に重症なんだね…!」

「なんか、どれとどれでどの音なのかとかこんがらがっちゃうんだ」


ボールみたいに丸いし、ホルンとは仲良くなれそうな気がしたんだけど、な。

しょぼーんと効果音がつきそうなくらい落ち込む守。でもね守、君、音の指使いと仲良くなれてないだけで、ホルン自体とはめちゃくちゃ仲良いと思うよ、うん。だって初心者に思えないくらい綺麗な音色だもん。トロンボーンの出来の良さ以上にびっくりした。
てかまずね、構え方もなんかかっこいいんだよ。心なしかキーパーやってる時の構え方に見えはするけど…いや、キーパーの構えがあったからこそ、なのかな。

あとは指使いさえどうにかなればいいんだけどなあ…!

どうしたものかと全力で悩む僕達。と、何の前触れもなく、いきなり教室の扉が開いた。


「やあ名字、一通り譜読みは終わったから探しに来たんだけど…ホルンの子から、困ってるみたいだから助けてやってくれ、って」

「おおお涼野?びっくりした…つか流石譜読み早いね!で、是非手伝ってくださいお願いします」

「え、あ?…えっと、誰だ?」


普段と変わらない様子の涼野と、涼野を見て困惑する守。そして喜ぶ僕。傍から見たらすんごい変なんだろうなと思った。



できると信じてスケール練習
(あ、合奏まで残り50分だね!)

++++
スケール…音階
(スケール練習=ドレミファソラシドーみたいに順番に音鳴らしたりするのとか、バリエーションはいっぱいある)

オリキャラ紹介
@堀瑠衣(ほりるい)
通称堀っち。名字とは同じクラス。父親がオーケストラでホルンやってる影響で、小学校の時からホルンやり始めた。
名前の由来は、ホルン→ほる=堀、るん=瑠衣…みたいな。
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