響け僕らの | ナノ


▽ 22

「あ、おはよー成神ー」

「おはようっす。……寝坊して遅刻する感じの人かと思ったのに、結構早いんだ」

「朝から失礼だなおい」


現在の時刻は朝の七時くらい。確かに今日はいつもより早い登校だけど、普段だって遅刻したことはないからね僕。



「名前さん、用事でもあるんですか?」

「用事…うん、そんな感じ。成神は今日からか、制服似合ってるよー」

「どーも。朝の内に担任との顔合わせとかするらしいっす。ま、学校生活でもからかいに行くんでよろしく」


そう、今日から成神は雷門中の生徒になる。とは言っても吹奏楽部の臨時指揮者をやる間だけだから、長く数えても二週間くらい。
…というのはまあ置いとこう。今は急いでいるから。


「学年違うからたぶん会わないけどな、はっ!じゃあすまんが僕先行くねー用事あるからー」

「?は、はい」


成神と別れて、一気に教室まで駆ける。…少し時間を食い過ぎた。別に成神と話すのが駄目とか嫌とかじゃないけど、今日は普段と比べて特別だから、早く教室に行きたい。そんな思いで走って着いた教室の前で、少し息を調えた。

(今日は彼が、きてるはずなんだ)

扉に手をかけ、開く。開いたその先には、一人で机に座り、昨日下駄箱に入れておいた楽譜を見つめる彼がいた。扉を開いてから一拍おいて、目があった。


「…おはよう、名字」

「お、はよ、涼野っ」

++++

二年生になると同時に、雷門中に転校してきた涼野風介。転入してすぐ吹奏楽部に入部した彼は、当時僕しかいなかったサックスパートにやってきた。趣味でアルトをやっているらしいけど、入部した時点でもすごく上手だったっけ(…実は転校してくる前に、妙なきっかけで何回か会ったことがあるんだけどね)。
頭もいいし、運動部顔負けなくらい運動神経もいいし、そのうえ僕から見てもサッカー部並にかっこいい涼野だが、彼の存在は雷門中ではほとんど知られていない。

頭よし、運動神経よし、容姿もよしとくれば、普通は目立たないはずがないというか、むしろ目立つどころかモテるはず。なのになぜ知られていないのかと言えば、それは彼が不登校…もとい、"不定期登校生"だからだろう。


「今回は結構早いね、涼野。前回は二週間くらい休んでたのに」

「ああ…十日振りくらいだな」


涼野は、学校に来るのが不定期的だ。具体的に言えば、いきなり来たと思ったらぱたりと休む、休んでたと思ったらいきなり来る、みたいな。詳しいことは知らないけど、家の事情らしい。
その上学校に来ても屋上や空き教室に行ってしまい、まともに授業を受けない。定期テストも保健室でやるし、この前の体力測定も朝早く来て一人でやっていた(なのにテストは毎回高得点だし、体力測定の結果もAと文句なし)。どれだけ人目を引く要素があっても、生徒達の前に姿を現さないのだから、知らなくて当然という訳だ。


そんなスクールライフを送っている涼野だけど、何故か吹奏楽部の活動だけはまともにやっている。

部活の行事や定期演奏会があると、必ずその十日前までに顧問に連絡、その次の日から部活に参加。短期間で曲を仕上げきり、本番にもしっかり参加するし。
ちなみに、昨日半田が伝えてくれた顧問からの伝言は、涼野のこの行動に起因するものだ。


「…、そーいや昨日、半田にはろくに説明しないままだったような…」

「どうかしたか?」

「あ、こっちの話だから気にしないでー」


きっかけは、涼野が初めて顧問に連絡をしたこと。「翌日から学校(もとい部活)に行くので、下駄箱に楽譜を入れて欲しい」、という内容の連絡だった。早く譜読みをしたいが、自分の登校時間は異常に早いので、来てもすぐには楽譜を渡してもらえないから、という理由だ。ちょうどその日、涼野の楽譜は僕が預かっていたから、顧問にその連絡を伝えられた時にはちょっとびっくりした。次の日、気になって早めに登校してみると、涼野は予告通り学校に来てて、下駄箱にあった楽譜の譜読みをしてたんだ。

それ以来、連絡がある度に顧問から僕に伝言、僕が下駄箱に楽譜を置いておく…っていうパターンが出来上がり、部内ではすっかりお馴染みになっている。
昨日の半田はその、顧問から僕への伝言役に…、


「…い、おい、名字?」

「……へっ?あ、ごめんごめん、ついぼーっと…」

「…いつもすまない。やっぱり眠いんだろう?」

「!いいって、僕が勝手に来てるだけだし!少し眠いけど、たまには早起きしなくちゃ駄目だしさ!」

「…そうか、ならいいんだ」


ほっとしたように言う涼野は、続けて「早起きしたい時は私に言うといい。電話で起こしてあげるよ」、と言ってくれたが、それは丁重にお断りしておいた。実は一度、涼野のモーニングコールは経験済み。…この前、涼野が一人で体力測定をした時だ。記録係が必要だからと、予告なしにモーニングコールですよ。朝の四時半に。行って記録したけどさ。


「ふああ…涼野、大丈夫そう?」

「今回は三曲だけだし大丈夫だろう。ただこの…クラ3rdがいない時は吹く、とあるのはどうすればいい?」

「あー、今回は吹いてくれる?クラもほぼ皆初心者で…今の部活の状況聞いた?」

「だいたいは。しかし流石はあの部長と君達だね」

「柚の爆弾投下には毎回驚くよ。それが毎回上手く爆発するんだからさらにびっくりだけど…ま、ここまできたらどうにかしてみせなくちゃ」


で、そう言った直後に大欠伸をかました僕。…くすくす笑われたけど、涼野が声をたてて笑うなんていう珍しい表情が見れたから、まあいっか。



君との朝はアダージョに流れる
(僕、この時間好きだなあ…眠いけど)

++++
アダージョ(Adagio)…ゆるやかに

この連載の涼野さんはとても早起きな方です
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