響け僕らの | ナノ


▽ 21

「つ、疲れた…水希僕もう無理ぃぃぃ…」

「サックスの準備はしておいたから頑張りなさいって。今日は三時までは個人練習、その後各パート内での合わせね」

「うー……」


綺麗にスルーされた。しかも三時からパートって言ったってさあ…サックスパートは僕一人なんだけど。少なくとも今日は。一人で合わせろってことですか。



車酔いの後遺症で少し、いやかなり気持ち悪い。けど、わざわざ楽器を準備してくれたんだからこれはやるしかない。それにサックス吹くのに集中すれば気持ち悪いのどっか行くかもしれないし。うん、頑張ろうか僕、僕ならやれる!


「よーっしやってやら…うぐぁぁぁ気持ちわっるぅぅ…!」

「あ、いたいた名字。これお前に…っておい、大丈夫か?」


気合い入れるつもりでやってやらぁぁと叫ぼうとしたら、途端にぐらぐらぐわんぐわんと気持ち悪くなってふらついた。咄嗟に、声をかけてきた半田に持っていたテナーサックス(略してテナーくん)を渡し、その場にしゃがみ込んだ。ちくしょう車酔いめ…!

突然のことで慌てる半田に構わず、とりあえず深呼吸をして吐き気と戦う。ついでに額を廊下の壁に押し付けた。ほら、壁って冷たいからさ。


「いきなり渡すなよ、びっくりするだろ…」

「ごめんごめん。ところで何か用…うっぇ、用事みたいだけど、それ、教室に着いたら聞く…から教室までテナーくん運んでよー」

「はあ?自分で運べって、俺はこれを渡し、」

「いやー実はまだ気持ちわるくてふらふらし……ぅぷ」

「わかった運ぶ、運ぶからここでは吐くな!」


よし、ありがとう半田。僕の練習する教室までちょっと距離あるしついでに階段もあるし、気持ち悪いのもホントだから助かった。

よっこらせと立ち上がると、うん、ちょっと吐き気がしたから再び口を抑えた。それを見た半田がまた慌てるが、そんなばたばたしてると腕のテナーくんが落ちそうで心配だ。


「念のために言うけど、落とさないでね?テナーくんは僕の恋人に等しいから」

「こ、恋人っ?」

「もし落としたら、僕もお前を突き落とすよ…?」

「落とさないからやるなよ!?」


++++



で、到着。半田が頑張ってくれたおかげでテナーくんも無事だし、僕もだいぶ車酔いから回復できた。よくやった、でかしたぞ半田。今日だけは中途半田とは呼ばないであげよう。


「さんきゅ半田、じゃあ僕練習するわ。休憩時間に遊び行くねー」

「ああ、それじゃ…って違う!違うから!」

「え、なに」

「さっき言っただろ、お前に渡す物があるんだって!」


流されて忘れるとこだった…と、ため息をつきながら僕に渡された何枚かの紙。上部には見慣れたタイトルが並び、五線譜とおたまじゃくしがたくさんいる。要するに、


「…アルトサックスの楽譜?」


今練習している三曲の楽譜。全部アルトの1stの楽譜だ。…でも僕、持ち替えするかもってことで、アルトとテナーの楽譜は全部持ってるよ?そのおかげで楽譜ファイルはぱんぱんだけど。


「さっき音楽室に先生が来て、届けるようにって。あとは伝言で…あ、"今回も下駄箱に入れとけば大丈夫、だそうだ"って伝えとけって」

「下駄、箱……あ、なるほど!」


ばっちり伝わった。わけがわからない様子の半田はさておき、僕はしっかり伝言を理解した。大半がサッカー部で構成されているこの状況で、これはかなり嬉しい知らせだ。

車酔いなんて跡形もなく吹っ飛び全力で下駄箱へ駆けて行こうとしたが、さっぱりわかんないぞ!?と叫ぶ半田のため、振り向いて叫び返してあげた。この楽譜と下駄箱が意味するのは、要するに、


「幽霊部員の涼野が、明日から部活に参加するってこと、だよ!」


彼はAsx.1stです
(ついに一人だけでパート練習するっていう状況じゃなくな…ってあ、やっぱ駄目だ気持ち悪い…)

++++
Asx…アルトサックス

1st…ファースト
楽譜には、同じ楽器(パート)の中でさらにパート(担当する楽譜)が分けられている。それを1st、2nd、3rd...という。
なので、この場合はアルトサックスの1stです、という意味。

@すんごい無理矢理な捏造が始まりました。涼野は、はい、あの涼野くんです。
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