響け僕らの | ナノ


▽ 20

「…取りに行ったのって、これなのか?」

「あの、これって…風船…」

「そう、ゴム風船」


ぽかーんとした表情を浮かべているメンバーに、一つずつゴム風船を配る。呼吸練習に使うから…って、ちょっと。



「まさかこれも練習に…?ええええ」

「何よ、そんな変な顔して。もしかしなくても疑ってるでしょ」

「…まあ」

「…疑うのも無理はないけど、これもれっきとした呼吸練習なの。…一応はね」


この練習は、練習というより肺活量の確認をするもの、のような。私はそう認識してしまっている。吐く息の量とスピードを保つ練習にもなっているけど、…いやこっちが主な目的だろうけど。

やり方は簡単。椅子に座って風船を口元に準備し、まずは八拍息を吸う。そして次の八拍で風船を膨らます。もちろん、膨らます時は一息、息継ぎなしで。
ここで注意するのが、息を吐く量とスピード。八拍間ずっと、なるべく同じ量とスピードで息を出し続け、なおかつ八拍間で息を出し切らなければいけないから、"少なすぎず多すぎず、速すぎず遅すぎず"で息を出さなければならない。この調節が、楽器を吹く上で大切になる。


「じゃあ、さっきと同じにメトロノームに合わせてやっていくわ。あと、椅子には座ったままで大丈夫だから」

「わ、わかった」


微妙そうな顔をしている人も何人かいるけど、とりあえず気にしない方向で。

メトロノームを設置するため窓側に近寄り、ふと外を見下ろした時。下に、何かを担いだ他校生らしい男の子が見え、少し気になった。その理由は、男の子が帝国の制服を着ていたのと、もう一つ。男の子が担いでいるものの色だ。

……帝国に出掛けた名前は、(普段の学校生活でもだが)雷門の規定物じゃない、薄い青色のジャージを着ていた。その名前のジャージの色と男の子が担いでいるものの色がものすごくよく似ている。…まさか、


「水希さん、どうかした?」

「え、ああ…ごめん、木野さん。始めよっか」


帝国の生徒と、名前のジャージの色…いやまさか。
頭を軽く振って、浮かんだ考えを追い払う。さっきのは似てただけ、関係ない。…担がれて帰ってくるなんてありえないありえない。あの子が帰ってくるなら鬼道くん達も一緒のはずだし、ね。
……そのはず、よね。


++++


ぽわーんと膨らむ風船を見るのはこれで四回目。さすがに風船を膨らませるだけの練習で音を上げる人はいなかった。調節についてはまだまだっぽいけど、さすが運動部というか、肺活量は結構あるらしく風船が大きい。

あと一回やればこの練習も終わりで、今日の分の基礎は全部こなしたことになる。始めてから終わるまで説明等を含めて一時間だから、それを省けば明日からの基礎はだいたい三十分から四十五分くらいになるだろう。


「ご、ろく、しち、はち、…と。はい、今日の分の基礎はこれで全部終わり」

「やっと終わったっスー!」

「楽器までがこんなに長いなんて思わなかったでヤンス…」

「これも短い方よ?普段はもう少し長いし、二、三時間ずっと基礎をやり続ける学校もあるらしいから」

「うわぁ…しかも、これからまた楽器で基礎練習だろ?」

「ええ。じゃ、楽器の準備をしたら分かれて練習!あ、パーカスは柚がいないから、…とりあえず教わったことをやってて?」


はーい、と、それぞれが返事をして動き出そうとしたちょうどその時、音楽室の扉が開いた。そしてその隙間から、さっき見かけたあの男の子が顔を出した。


「あー、吹奏楽部の活動場所はここみたいっすね」

「え?あの、君は…」

「…あ、お前!もしかして帝国サッカー部の!?」


円堂くんが声をあげ、その子をびしぃ!と指差した。知り合いらしい。円堂くん以外のサッカー部のメンバーは皆知っているらしく、それぞれで反応を示している。

と、男の子が扉を開けて入ってきた。そして頭だけじゃなく紫の肩に担がれているもの、もとい人が見えた瞬間、私達は驚いて硬直した。特に私が。


「帝国サッカー部一年の成神っす。ここの部長の頼みで指揮者やることになりました、ってわけでよろしく」

「な…成神くん?その肩のは…えっと…」

「え?ああほら着きましたけど、…生きてる?」

「ぅぐ…?あ、水希、た、だいま、……ぅぉぇ揺らさないでぇぇぇ……!」

「…名前……」


成神くんが担いでいたのは、やっぱり名前だった。さっき追い払った考えは、残念なことに事実だったらしい。いや帰ってきてくれて嬉しい、けど。


「…物のごとく担がれて…死人みたいな状態で帰ってきて欲しくはなかったわ」

「…同感です」

「ほんとにな」

「てかなんでそうなった名字」


外から音楽室へ、D.S.
(…とりあえず、おかえり)

++++
D.S.
…ダル・セーニョの略。記号までという意味で、$のある箇所まで戻る。
($=音楽室)

次からまた名字視点
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